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君の代わりはいないって神様も言っていた

《誕生日おめでとう》

眠気を堪え、日付けが変わった瞬間に取り急ぎシンプルな祝福の言葉を送り、すぐに意識を手放すようにして眠りについた。
翌朝、起床とともにスマホをチェックするも返事はまだない。というか既読にすらなってない。ゲームをやる時と漫画を読む時くらいしかスマホをいじらないのはわかっているから予想範囲内ではあるけど、さすがに通知くらいは気にしてほしい。携帯することすら忘れる誠士郎に言っても無駄な気はするけども。
一方的かつ一番におめでとうと送りたかっただけだから返事が来ないことに関してはそこまで気にしていない。とはいえ毎年やってることなんだからせめて朝に見るくらいはしてくれても良くない?なんて思ってしまう自分はそれなりに面倒くさい性格をしている。彼女でもない、ただ長い時間一緒にいるだけの幼なじみなのに。
通知を気にしながら登校の支度を終え、電車を待っている間にスマホを確認すれば誠士郎から返事が来ていた。《ありがとう》と緩いイラストタッチのナマケモノが嬉しそうにはにかんでいるスタンプのみのシンプルなものだけど、たったそれだけで自然と頬が緩む。気にしてないなんてウソだ。やっぱり返事が来れば純粋に嬉しい。

《放課後一緒にコンビニ寄ろう。部屋行っても平気?》

今度はすぐに既読になり《OK》と腕で丸のポーズをとったナマケモノと《楽しみです》と照れたナマケモノのスタンプが連続で送られてきた。
この喜びようは多分ゲーム課金のギフトカード目当てだろうな。まあそれでも別にいいかと思ってしまう辺り、わたしも大概単純だ。



「うわ、相変わらず冷蔵庫の中ひどいな」
「そんなん今更じゃん」
「開き直るなし」

前回お邪魔したのはいつだったか。驚くほどに何も変わっていない。何かが増えたわけでもなく減ったわけでもない。スカスカの冷蔵庫にはゼリー飲料のみが並べられていて、その殺風景っぷりにゼリー飲料が悲しそうな顔をしている幻覚が見えるレベルである。これがクローゼットであればまさに理想的。さぞかし褒められたに違いない。冷蔵庫もまさかこんな使われ方をされるとは思わなかっただろう。
偏食のくせに成長は著しく、ちゃっかりその辺の男子より高い身長なんだから世の中不公平だ。わたしはしっかり栄養摂ってこれなのに!と己の胸元を見て内心嘆いたのはここだけの話。
呆れつつ冷蔵庫を閉め、コンビニで買ってきたケーキとジュースをテーブルの上に並べる。誠士郎はリュックを床に下ろすなり、制服のまますぐにベッドに身を投げた。

「え、ケーキ食べないの?」
「めんどくさーい。なまえ食べさせて〜」
「じ、自分で食べなよ」

誠士郎の誕生日に二人でケーキを食べる――毎年恒例のことなのに、高校生になった去年からこの時間を迎えると妙にそわそわしてしまう自分がいた。
それはなぜか。答えは至極単純だ。多感な時期にわたしが誠士郎のことを異性として意識し始めてしまったから。
そうなってしまえば、今まで当たり前のようにやっていたことだって自然と避けるようになるのは当然のことだ。それなのに誠士郎は息をするようにねだってくる。わたしの気も知らないで。
自分の想いを自覚して以降、幼なじみとしての距離感と異性としての距離感の境界線がわからなくなっているというのに。

「前は嬉々としてやってたってのに」
「子供の頃の話でしょっ」

居心地が悪くなってつい目を逸らす。二個入りのショートケーキにフォークを刺して思考を紛らわせるように口いっぱいに頬張った。あ、おいしい。
もちろん誠士郎の部屋に食器はないからそのままで。容器のままという不格好なそれはありのままの姿を表していて、何だかわたしたちの関係に似ている。

「高校入ってからだよね、食べさせてくれなくなったの。なんで?」

どくん、と心臓の跳ねる音がした。誠士郎の核心を突くストレートな問いに狼狽えて目が泳ぐ。ダメだ、咄嗟に取り繕うなんて到底できない。
目の前の生クリームにどうにか意識を集中させようと顔を俯かせると、ベッドで寝転がっていた誠士郎が身体を起こして真っ直ぐにわたしを見ているのが気配でわかった。
食べさせてくれなくなった、というのが文字通りの与えないという意味ではないことは明白だ。だからこんなにも心臓がうるさくて仕方ない。
眠そうな瞳なのに、何も考えてなさそうなのに、丸く大きな瞳が向けられると不思議と胸中を見透かされてる錯覚に陥って気が気じゃなかった。

「なんでって……わたしたちもう高校生だよ。周りの目とか気になるじゃん、」
「ケーキ食べる時いつも二人っきりじゃん」

正論を返されてぐうの音も出ない。そもそも矛盾した言動を取っていることは自分が一番わかっている。周りからの視線を気にしてるわりに誠士郎と距離を取ろうだとか、必要以上に一緒にいないようにしようだなんて思ったことは一度だってないのだから。

「っ、てかなに急に」

誤魔化すように手を動かし、ぱくりと口に含んだ生クリームを咀嚼して飲み込む。特有の甘ったるさが喉の奥に広がっていく。

「本当は食べるのめんどくさいから別にケーキなんてなくてもいいんだけどさ、誕生日の時はいつもなまえが食べさせてくれるから」
「……それは、いつもの甘え?」
「んーそれだけじゃない……こーゆーのなんて言うの?独占欲?」

誠士郎の口から出た言葉に思わず目を見開く。独占欲?滅多に人に関心を持たないあの誠士郎が?あろうことかそれがこのわたしに向けられている?
そこに恋愛感情があるかは定かではないけれど、誰かを独り占めしたいという感情があることに驚きを隠せずにいた。

「わたしのこと独り占めしたいって思うの?」
「え、うん」

疑問を口にすれば、さも当然と言うように誠士郎はあっけらかんとした表情を見せる。

「俺にケーキ食べさせてくれるのはこれからもずっとなまえだけだし、なまえがもし他の奴に同じことしたらなんかヤダ」

これはただの幼なじみとしての意味なのか。誠士郎の考えてることがわからない。
告白のようでありどこか嫉妬めいていて、けれどそれだけでは片付けられない感情が篭っているような気もする。でもわたしにその真意を見抜くスキルはない。だから深く考えないことにした。

「……しないよ」

声にした一言は紛れもない本心であり、わたしにとっては告白と言っても過言ではない。誠士郎に伝わるかはわからないけれど。

「じゃあ食べさせて」

ベッドから床へと座った誠士郎はねだるようにして身を乗り出してきた。
これは自分なりのけじめだ。覚悟を決め、もう一つのケーキにゆっくりとフォークを刺して誠士郎の口元へと腕を伸ばす。このショートケーキはわたしの想いそのもの。てっぺんに載った苺はまだ見ぬ誠士郎との未来への期待。
今はまだ伝わらなくてもいい。けれど食べてくれることが確定している以上そこにさまざまな期待を込めてしまうのは、心の奥底では誠士郎もそうであってほしいと密かに願っているからだ。


2024/05/08
title:金星

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