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すべての四季をあなたと

「本当にごめん……!」
「なまえさんが謝ることじゃないよ。むしろ休日なのに仕事から離れられない俺がいけなかった。ごめんね」

寝落ちする前にやっていた映画はエンドロールもとっくに流れ終わり、テレビ画面は私たちの姿をぼんやりと映し出していた。つまり軽く二時間は寝ていたことになる。なんたる失態。せっかくの貴重な休日、二人だけの時間を睡眠に溶かしてしまうなんて。一秒でも京治くんと過ごす時間を無駄にはしたくなかったのに、見事にやらかした自分に心底落ち込む。本当にもう、これだけは絶対に避けたかったのに!
けれどソファーで京治くんの肩にもたれかかったと同時に意識を手放したせいか、心地の良い体温がずっと私を包んでいてくれたような気がして目覚めはこれ以上なく良かった。正直ちょっと複雑ではあるけれど。

「そんなこと気にしなくていいよ!私が一緒に観たくて観てただけだから。決して退屈だったからとかじゃないよ」
「うん。わかってる。でもそれに甘え過ぎてたのかもしれない」

京治くんの提案で同棲を始めてから半月が過ぎた。お互い多忙な日々を送っていて週に一度会えるか会えないかの今までと比べたら格段に顔を合わせる時間が増えた。とはいえ毎日朝も夜も顔を合わせられるほど共に時間を過ごせるわけじゃないけれど、今のところすれ違いもなく順調に生活できている。
別に今までも不安や寂しさに囚われていたわけじゃない。それでもほぼ毎日顔が見られるということは素直に喜ばしいことだった。
京治くんは相変わらず編集者として毎日全力で仕事に取り組んでいる。ついさっきまで観ていた映画も仕事の一部だ。担当している作品で今後の展開に生かすべく次の打ち合わせまでにどうしても今日、目を通しておきたかったらしい。テーブルの上にはそれに関連する資料や写真集、文芸書――様々なジャンルの本が鎮座していた。
京治くんの仕事に対する姿勢は純粋に尊敬するし誇りに思う。彼のその編集者としての仕事ぶりが作家にも影響を与え、そして良い作品が生み出される。それは巡り巡って読者の私の元へと還元される。そう思うと不思議と構ってほしいという気持ちはあまりなかった。
京治くんを形づくるものはできる限り知りたいし理解したいし寄り添いたい。好きな人が触れているものに私も触れたい。それがたとえ仕事の一部であっても。
そんなふうに思っていたのに、残業続きでまともに睡眠が取れていなかったせいで見事に寝落ちしてしまった結果がこれである。

「ここのところ残業続いててなまえさん疲れてたのに」
「全然平気だよ。昨日は京治くんがご飯作ってくれたし、不本意だけど今の睡眠でもう充分回復したから!」

目覚めた時に繋がれていた手のひらにはまだ京治くんの温もりが残っている。冷めやらぬうちに今度は密着するように指が絡まった。

「今日はもう仕事には手を付けない。なまえさんがしたいことしよう。なんでも言って」
「うーん……そう言われても特別したいことっていうのがなくて……それよりも爆睡しすぎて涎とか垂らしてなかった!?」
「それは平気。むしろ寝顔が可愛くて映画観終わったあとしばらく眺めてた」
「眺めてないで起こしてよ恥ずかしいじゃん!」

手を繋いだまま訴えれば京治くんはふふ、と楽しそうな笑みを浮かべている。
二人で居られる時間が増えただけで今は充分だ。おはよう、おやすみ、ただいま、おかえり。そうやって一番に言える相手がそばに居てくれるだけで、京治くんが居てくれるだけで私は頑張れる。
来週の私の誕生日も運良くお互い休みで一日中一緒に居られるし、それを考えたら今日は京治くんがしたいことをしてくれて構わないと思っていた。

「来週の誕生日もどこか行きたい所とか欲しい物があったら言って。俺サプライズとか得意じゃないから、どうせなら一緒に買いに行きたいし」

京治くんの思いやりの深さはずっと前からわかっていたけれど、本当に行きたい所も欲しい物もないんだ。こういうことを言うのは逆に意見がないみたいに思われて困らせちゃうかな。
いつもより少しだけ豪華なメニューにケーキを添えて、語らいながらかけがえのない時間を過ごす。当たり前の日常に京治くんという存在が色を添えてくれるだけで、私の世界は尊く輝かしいものになっているから。
でも。あえてひとつだけワガママを言うなら――

「じゃあ……京治くんの時間を少しだけでもいいから私のために使ってくれたらうれしい……かな」

これはもしかしたら行きたい所や欲しい物をねだるよりも贅沢な願いなのかもしれない。平等に与えられる時間を自分のためだけに使ってほしいなんて、まさに時は金なり。物にもお金にも変えられない。相手を想って費やすその時間と価値は何物にも代えがたい。

「最初からそのつもりだよ。少しなんかじゃなくて、一日中ずっと。誕生日だけと言わず、毎日ね」

その微笑みだけで私は幸せだと思えるくらいに満たされる。ううん、幸せだ。
愛を語るには今の私にとっては少し大げさに思えて、何だか現実味がないと感じることもある。それでも日々の中での京治くんの言動は思いやりに溢れていて、私はそれを強く実感している。その小さくてさりげない想いの積み重ねをきっと愛と呼ぶのかもしれないと最近よく思うようになった。
微笑み合って京治くんが頬にキスを落とす。応えるように私も同じように頬に口づけた。
ベランダの窓から心地の良い春風が肌を撫でていく。穏やかな昼下がりに流れるこの空気がひどく心地良い。晴れやかな気分を一層高めてくれる。
誕生日という特別な日を祝ってくれる人がいることは幸せなことだ。だけどこんなふうに、何でもない日に好きな人と同じ時間を過ごして笑い合える日がずっと続いてくれたら、もっと幸せ。


2024/04/17
title:まばたき

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