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君は僕の特効薬

今日も今日とて部活は無事に終了した――はずだった。ただひとつを除いては。

「おい、アレどうにかしろって」

ボトルを片付けていると木葉が呆れた声を零しながら近づいてくる。その原因となる『アレ』――恒例はたまた梟谷の名物とも言えるしょぼくれモードの木兎が、体育館の隅であからさまに辛気臭いオーラを放っていた。
確かに今日はミスが目立っていてこのままでは明日の試合に影響しかねない。赤葦が必死に鼓舞しているようだけれど、どうやら効果は今ひとつらしい。木兎の扱いに長けているあの赤葦が苦戦しているとなれば私でも難しい。こりゃ思ったよりも重症か。
発作のように起きる木兎のそれに部員全員が慣れているとはいえ、やはり試合前日に士気が下がるのは少しでも避けたい。エースという存在が周囲に与える影響は思った以上に大きいから。

「赤葦が説得して復活しないならあれは長くなるよ。試合中に発動しなかっただけマシでしょ」
「そこでみょうじの出番だろ。こういう時、彼女が優しく寄り添って親身に話聞いてくれるのが一番効果あんだよ」
「……木葉、彼女いたことあったっけ?」
「うるせぇな!いいからさっさと行って今日中にエース様復活させてこい」
「ちょっ……!」

背中を押され前のめりに身体が傾く。目を細めながら振り返ると、木葉が早くしろとでも言うように顎で木兎のほうを指していた。
確かに木葉の言うことも一理ある。こういう時に支えになって励ますことがマネージャーであり彼女である私の役目なのだと。……まったく、本当に世話の焼ける奴。

「赤葦ありがと。あとは私が相手するよ」

二人に歩み寄り赤葦に声を掛けると、赤葦は結果を示すように首を横に振った。

「すみません。今回はいつもの手が効かなくて……あとお願いします」
「ん、お疲れ〜」

部室へと戻っていく赤葦たちを見届け、木兎に視線を合わせるようにその場にしゃがみこむ。
いつもはこの広い体育館で高く飛び伸び伸びとプレーしている木兎が、デカい図体をこれでもかと縮こませている姿はとてもエースとは呼べるものではない。毎回苦労させられるこちらの身にもなって欲しい。

「明日試合だってのにエースがそんなんでどうするの」
「だってぇ……」
「帰りにコンビニで唐揚げ棒奢ってあげるからさっさと復活しろ!男がいつまでもウジウジジメジメすんな鬱陶しい」
「なまえ〜、励ますならもう少し優しくして?」

木葉の言う優しく寄り添う要素がまるでない自分自身の発言に自嘲する最中、木兎が涙目になりながら訴えた。

「……誰にだって調子悪い時はあるよ。うちはエースがこんなでも勝てる強いチームだけど、」

指で頭をつついてやれば木兎は「痛い……」と弱々しい声とともにカタツムリのように首を引っ込める。
うちのチームはレベルが高い。だから木兎ひとりの調子が悪かろうと他のメンバーでカバー出来るくらいには個人の能力も技術も持ち合わせている。けれどどんなに本調子でなくても梟谷にはエース――木兎がいなきゃダメなんだ。それは私だけじゃなくてバレー部全員が思ってること。

「私は木兎にはどんな時でもコートに立ってて欲しいって思ってる。エースは居てくれるだけで心強いんだから」
「……ホント?」
「ホント。コートに居る誰よりも輝いてるし木兎が一番カッコイイ」

こんな風に素直な思いを伝えるのは小っ恥ずかしいけれど。でもそれは本当のことだから。

「……そう?うん、そうだよな。俺エースだもんな」

「なんか復活してきたかも!」と弾ける声を聞けばもう心配はいらなかった。本当にバカみたいに単純。でもそこが木兎の良さでもある。

「木兎、」

勝てるおまじないだとか恋人の存在が原動力になるだとかそんな陳腐な励ましがなくたって木兎は全力を発揮できるし、何より私自身自分の存在にそこまで自惚れてはいない。それでも私の言動ひとつで木兎のモチベーションが底上げされるのなら、こういうことをするのも悪くないかなと思ったのも事実だった。
そのままゆっくりと近づいて触れるだけのキスを落とす。
至近距離で視線を合わせると鳩が豆鉄砲を食ったように呆けていた。無理もない。付き合っているとはいえ、こうしてキスをしたのはこれが初めてだから。

「ほら、帰るよ」

特にその行為に対して触れることなく立ち上がろうとした刹那、力強く腕を掴まれて身体がよろける。

「わっ、」
「なあ!もう一回!ビックリして何が起きたのかわかんなかった!」
「やだ」
「なんで!じゃあ明日!明日試合勝ったらして!」

なんでそんなに必死なの、というかマジで復活早いな。復活したらしたで騒がしいったらない。そう呆れつつも内心自然と笑みが零れるのは、やっぱり木兎はこうでなくちゃと思ってるから。
元気づけるためとはいえ半ば勢いでしてしまった部分もあるから改まってとなるとそれはそれで恥ずかしい。というかさっきのだって今になってようやくまあまあ大胆なことをしたなと実感している。誰もいないからと言って誰にも見られていないとは限らないのに。
それでも勝利以上に真っ当な大義名分もないだろう。いや、流れとか雰囲気でするほうが自然と言えば自然なんだけど。普通にするよりは何かしらの理由があったほうが羞恥心は軽減されるし……。

「……勝ったらね」
「いよっしゃあああ!!」

折れる形でそう答えれば、木兎は耳を貫くほどの雄叫びを上げる。勢いよく立ち上がり強く拳を握る姿に、ああこれはもう言い逃れはできないなと今から覚悟を決めるしかなかった。

「明日の俺、無敵!絶対勝ーつ!!」

ああ、本当に単純。呆れるほどに単純。でも木兎はそれでいい。それがいい。

しょぼくれモードから復活した木兎の活躍ぶりは語るまでもなく。今日の試合、ストレート勝ちで勝利を収めたのは言うまでもない。

「昨日どうやって復活させた?あまりにも調子良すぎて反動が怖ぇんだけど」
「別に木葉に言われた通りにしただけ――」
「なまえー!あとで約束通りちゃんとキスしてもらうからなー!!」

喜びを顕に木兎は少し離れたところから大きく手を振りながら恥ずかしげもなく爆弾発言を落としていった。ギョッとする私を、うちのチームだけでなく他校の選手も笑いながらこちらを見ていて恥ずかしすぎる死にたい。まるでデリカシーのないそれに隣にいた赤葦にこっぴどく咎められているものの、きっと昨日以上に効果はないだろう。

「なるほどねぇ?」
「ハァ……最悪……」

赤葦と目が合い、互いに同情の視線を送る。お手上げとでも言うように頭を抱える赤葦を見て、私も同じようにして大きなため息を吐いた。


2024/03/29

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