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脈動するプリズム

今年もついにこの日がやってきた。
一年に一度、甘い香りがこのノウム・カルデアを包む。昨年と同様、セミ様を筆頭に様々なメンバーが集められ、チョコレートの大量製造に精を出す。もちろんマスターの私もその例外ではない。
バレンタイン当日に向け、カルデアに登録されている全英霊に日頃の感謝の気持ちを込めてチョコレートをプレゼントする。その光景はただのバレンタインデーではなく一種のお祭りのような賑やかさがあり、いつしかカルデアの風物詩とも言えるほどに気合いの入ったイベントにまでなっていた。

様々な特異点を経て、登録されているサーヴァントもだいぶ増えてきた。年々チョコの量が増える度にそれは出会った縁の数なんだと思うと、自然とやる気が湧いてくるというものだ。



どうにかこうにか準備を整え、迎えたバレンタイン当日。
立香ちゃんと協力し、全英霊へのチョコ配りは夕方の時点で――と言っても白紙化された地球ではおよそただの感覚でしかないけれど――残り数人というところまで終えられた。
その内のほとんどは立香ちゃんが契約しているサーヴァントなので、実質私が渡すのは一人だけだった。
しかし夕方になろうとも言うのに未だ彼の姿が見えない。おかしいな、数日前に製造工場(という名のシミュレーションルーム)を見た高杉さんは「なんだここは!最高に面白いな!」なんて言って首を突っ込んでいたのに。今日もいの一番に参加するのだろうな、なんて思ってたのに。
珍しいこともあるもんだなんて思いながら自室に戻りベッドに身を投げる。
さすがに缶詰になりながらの大量製造はシンプルに身体に来る。けれど皆の喜ぶ顔を見ると頑張った甲斐があったなと素直に思えるのも事実だった。

(でもしばらくは甘いものいらないなぁ……)

チョコレートの甘い匂いが未だ鼻に抜けていく錯覚を起こすくらいにはお腹いっぱいだ。
仰向けになりながら思わず苦笑いを零すと刹那、静寂に包まれた部屋に扉の開く機械音が響く。

「やあやあ、君の高杉晋作がやってきたぞ」

のそのそと上体を起こし扉のほうへと視線を向けると、名乗り通り今日初めて姿を見せた高杉さんが立っていた。
軽快な口調で笑みを見せる高杉さんは心なしか上機嫌だ。さてはバレンタインそっちのけで昼間から酒盛りでもしてたのか?
レイシフトを除き、カルデア内では常にマスターの傍にいなければいけないという決まりはない。高杉さん自身も契約した時に「僕を活かしたいなら自由にさせるのが一番だ」なんて言ってたくらいには主従というものを意識していない。
だから細かいことはあまり気にしないでいたけど。――けど。イベント当日に唯一契約しているマスターである私を半日以上放置するのはさすがにちょっとどうかと思う。そう思ってしまうのは私の我儘だろうか。

「高杉さん……こんな時間まで一体どこほっつき歩いてたんですか?」
「となり、いいかな。いいよな」
「え、ちょっ……!」

私の問いを無視して高杉さんはズカズカと歩みを進め、一方的な言葉とともにベッドの縁に腰掛けていた私の隣に当然のように腰を下ろした。

「人の話聞いてくださいってばもうっ!」

わずかに沈んだその重みは確実にシーツに皺を刻み、反比例するように私の心を浮つかせる。
自由奔放で気まぐれで距離感がやたら近いのは今に始まったことではない――けれど。どうにも彼の持つ好奇心に振り回されているような気がしてならない。それがなんだか少し悔しい。今更なことではあるけれど、そんな風に思ってしまうのは少なからず今日という日が影響しているのかもしれない。
あからさまに口を尖らせて高杉さんを見るも、本人は何処吹く風だ。

「で、どうなんだ?あるの、ないの?」

再度私の言葉を流した高杉さんは足を組んでどこか真剣な声色を纏いながらずい、と覗き込むようにして問うてきた。
何が、なんて聞かなくてもすぐにわかる。とはいえ前置きもなく発せられた言葉とこのタイミングで来ることは予想していなかった。しばらく黙ったままでいると、「おいおい。まさかないなんて言わないよな?」と肩が触れるまで身体を寄せて、さらには手まで差し出してきた。
高杉さんが動く度に、紅色の毛先がベッドに手をついている私の甲を誘うように擽る。

「ちゃんとありますよ」

部屋に入ってきたあの上機嫌な笑みは最初からそれを期待していた、ということだったらしい。とはいえこれは催促というよりはもはや恐喝なんじゃないだろうか。
もちろんちゃんと用意しているけれど、このまま素直に渡すのはそれこそ高杉さんの思う壷だ。ほったらかしにされたせめてもの抵抗、ということにしてもう少しだけ寝かせておこう。

「そうだよな、君と唯一契約している僕に何もないってのはさすがにありえないよな。何より全然面白くない」
「でも渡す前に、今まで顔を見せなかった理由を教えてください」

「……寂しかったんですからね」と素直な想いを付け足せば、さすがに伝わったのか「それはすまなかった」と、無意識に毛先で触れられていた手に不意に彼の温もりが重なった。
たった一言の謝罪と魔力供給ではない純粋なる触れ合いに、それだけで絆されてしまう。私が彼に甘いのか、はたまた彼が私を踊らせるのが上手いのか。どちらにせよずるい人には変わりない。軽率に触れるのだって深い意味があるのかないのか、飄々としている彼を観察したところでその本心は知り得ない。

「君、朝から相当気合い入ってたしあの状態で声掛けたところでまともに相手してくれないだろ?」

その声はまるで構ってもらえなくて拗ねている子供のようだった。
確かに高杉さんといるとあれよあれよと連れ回されたり付き合わされたりすることは多い。かと思えば今日みたいに姿を見せなかったりするから、本当に彼は気まぐれな人なのだ。

「それはまあ……チョコの数も半端じゃないので……」
「適当にあしらわれるなんてまったくもって面白くないからな。だからあえて声を掛けなかったってのが真実だ。どうだ、これで納得しただろ?」
「事情はわかりました。……つまり構ってくれってことですね」
「ああ、そうだとも!朝からずっと退屈してたんだ。やっと君を独り占め出来るってもんさ」

ハハッと声を張って笑う高杉さんにつられて口端が緩む。
独り占めだなんて大袈裟な。私が契約しているのは元々高杉さんだけだから、独り占めとかそういう話ではない気もするんだけどな。でも彼のために時間を捧げるという意味では、それもまたひとつの正解なのかもしれない。

「全サーヴァントにチョコを配るなんてそんな面白いことなかなかないぞ!一人くらいおかしなエピソードを持った奴がいるだろ」
「そうですね。ここはやっぱり以蔵さんですかね」
「岡田くんか。そいつは面白いこと請け合いだな!早速聞かせてくれたまえ」

高杉さんの弾む声に、私は以蔵さんにチョコを渡した時の出来事を話し始めた。

チョコを受け取るために私の部屋に来たはずなのに、高杉さんは本来の目的そっちのけで私の話に耳を傾けていた。笑いながら、時折愛のある毒を吐いたりして。
タイミングよく相槌を打ってくれる高杉さんとの会話は純粋に楽しい。もっと話していたいな、と思うのはやっぱり高杉さんの素質と魅力なんだろうか。それとも甘い香りが漂う今日という日のせい?
いつの間にか私が高杉さんの時間を独り占めしたいと、そんなことを願っていた。


2024/02/12
title:金星

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