きみが不器用なのはしってるよ
「何かあったんですか」
オフ会の後、秋斗の家にお邪魔して一息ついた時だった。差し出されたマグカップとともにそんな一言が降ってきたのは。
「ん?別に何もないよ」
マグカップを手に取ってゆっくりと口をつける。
反射的に出たその言葉に偽りはない。ないのに秋斗に視線を合わせられなかったのは、一瞬でも核心に触れられた気がしたから。
先に言っておくと私生活は至って順調だ。大学もバイトも楽しいし、自慢の彼氏や仲の良い友達もいて人間関係は良好だし、体調だって万全。今日だって久しぶりに瑛太くんや瑠奈ちゃんにも会えて会話は盛り上がったし、鴨田さんには心底癒された。日々充実している中で日常に支障をきたすレベルの嫌なことはないに等しい。
もしあるとするならばそれは私自身にある。
私は昔から人に甘えることができない。
性格上の問題だけならまだしも、付き合い始めた相手が年下の彼氏となればそれは顕著に表れた。大人の女、なんて大それた理想像を掲げているわけではないが、好きな人に情けない姿は見せられないという思いはずっと持っている。
秋斗は自分が年下だとか彼女である私が年上だとかそんなことはまったく気にしていないみたいだけれど、私は付き合い始めた時も、付き合う前も、好きになった時でさえもずっと気にしていた。
でもそれは決して不安要素であったりだとかネガティブな意味合いではなくて、私自身が勝手に年上としてしっかりしなければと気を張っているだけのこと。そういう話は面と向かって真面目にしたことがないから、秋斗はこんな悩みなんて知る由もないだろうけど。
「……そっすか。なまえさんって図星突かれた時、目逸らしたり合わせない癖があるんで」
「っ、そんな癖ないよ」
なんてつい口走って秋斗を見るも、視線が合った瞬間に逸らしてしまえば説得力など皆無である。自分でも気付かない癖すら知られていることに恥ずかしくなってますます秋斗の顔が見られない。
行き場をなくした瞳はマグカップに集中させるしかなくて、俯きながら湯気の立ったそれをちびちびと口に含んだ。
「なら俺の目見てください」
なんか今日の秋斗は随分とグイグイ来るな?いつもだったら変に追及したりしてこないのに。
仕方なくゆっくりと視線を合わせると、秋斗の手のひらが優しく頬に触れる。整ったこの顔面を凝視するのは未だに慣れない。ただただ恥ずかしくてまた逸らそうとした瞬間、それより先に唇を塞がれて阻止されてしまった。
「あき――んっ、」
秋斗にキスされると無条件で思考を溶かされて判断力が鈍る。おまけにいつもは軽めで終わるそれが、今日は一度離れてもまたすぐに呼吸を奪っていくからなおのことだった。普段あまり見ない少しだけ強引な秋斗に戸惑いながらも私はただただ必死に、素直に、彼から与えられる熱に応える。
でもさすがにそろそろしんどくなってきた。苦しい。荒くなった自身の漏れ出る吐息がやたらと耳を刺激して添えていた肩に自然と力が入れば、秋斗の唇がゆっくりと離れていった。
「はぁ……秋斗のほうこそどうしたの……?」
「何となく、こうして欲しいって目をしてたので……違いました?」
至極真面目な顔で私を見つめる秋斗になぜだか涙が込み上げてくる。
口ではなんでもないなんて言ったり、核心に触れられて動揺していたけれど、きっと私は心の奥底では見透かされたいと思っていた。頑固な私は自分から甘えたりだとか弱みを見せられないから、だから秋斗に気付いてほしいとそんな浅ましいことを無意識のうちに思っていたんだ。
「違わないっ……」
鉄壁のごとく頑丈なプライドは涙とともにいとも容易く崩れていき、秋斗の首に腕を回してぎゅうと強く抱きつく。優しく包み込むように抱きしめ返してくれる秋斗は年下とは思えないくらい余裕がある。今なら素直に甘えられるとそう思わせてくれるほどに。
「……もっとぎゅっとして」
「あんまりきつくしたら窒息しますよ」
「じゃあもう一回キスして?」
腕を解いて目を見てお願いしてみれば、そっと目尻を拭った後、肯定の意を示すようにすぐに唇が重なる。でも、足りない。もっと、もっと。羞恥なんかどうでもよくなるくらいに、目の前の秋斗のことしか考えられなくなるくらいに。
「もっと、」
「こっちはこっちで酸欠になるんじゃないすか」
「う、上手く息継ぎするからっ」
「わかりました。なまえさんのお願いですし満足するまで付き合います」
後頭部を引き寄せられ、何度目かのキスが降る。
リードしているように感じるけれど、私が苦しくならないように様子を見ながらゆっくりと時間をかけてキスしているのが何となくわかる。
前から常々思ってたけど秋斗って本当に高校生なんだろうか。女性と付き合ったのは私が初めてと言っていたけれど、テクニックが異常だし器用さが半端じゃない。秋斗の言葉を信じてないわけじゃないが、あまりに手慣れたというのもどうなのか。イケメンは何をやらせてもそつなくこなすというよくある噂もあながち間違いでもないのかもしれない。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えていると、いつの間にか重心が傾いて視線の先には天井と秋斗が映っていた。私にまだ止める様子がないと察した秋斗はそのままキスを続行する。絶え間なく唇が触れ合っているにも関わらず息が上がらないのは、秋斗がそうならないように配慮してくれているからだ。
でも本音はもっと乱して欲しい。さすがにそんなことを口には出せないから、精一杯のサインで再び秋斗の首に腕を回す。
「秋斗」
「はい」
「好き」
「はい。俺もです」
「キスもハグももっとして欲しい。秋斗で満たして欲しいの……」
顔が赤くなっていることも構わずに秋斗をじっと見つめれば、ふっと口元を緩めて優しい手つきで髪に指を滑らせた。なんだかあやされているみたいでこれじゃあどっちが年上かわからないな。
「そういうの、これからも言ってください。なまえさんのお願いだったら俺断ったりしませんから」
「ねぇほんとに高校生……?」
「?はい」
あまりに出来た人間すぎて余裕がありすぎてなんかもう完敗だ。年齢のこととか頑固な自分を気にしている私がちっぽけに思えて呆れるくらいには。
クールで感情表現には乏しいと思っていたけれど、思い返せば秋斗はいつだって私のことを見てくれて全力で受け止めてくれていた。
その事実に気付いた時、純粋に嬉しいという気持ちが溢れて首に回していた腕を引き寄せて私から口づけた。自然と笑みがこぼれたのは紛れもなく秋斗のおかげだ。
「他には何かありますか」
優しく微笑んで髪を撫でる秋斗に「キスだけじゃ足りない」なんて我儘を言ったら秋斗はどうするんだろう?
2023/04/28
title:鈴音
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