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鼓動の波をだれかが聞いている

最近凛くんの様子がおかしい。
サッカー部のマネージャーとして凛くんと話す機会はわりとある方だけれど、無駄なことが嫌いな凛くんはサッカーに関係する必要最低限のことしか話さないし返事も短い。それが凛くんだと理解しているから今更素っ気ないとか気にすることはないのだけれど、ここ数日は特に様子が変だ。
話しかけても何だかうわの空で生返事ばかりで、そのくせやたらと視線を感じて凛くんを見ると、特に慌てた様子などもなく何事もなかったようにふいと逸らされる。
睨みを利かせているというわけでもないしあからさまな敵意もない。けれど明らかに見られていることははっきりとわかる。
何か言いたいことでもあるのかな……と思いつつも部活中に雑談をしている暇なんかなくて、気になりつつも凛くんから声を掛けられるまで待とうと決めた。



テスト期間前は部活が禁止されているため、帰りのHRが終わってすぐに学校を出て電車へと乗り込んだ。同じ学校の生徒たちで賑わう車内も何駅かすればあっという間に静かになる。
最寄り駅で電車を降りると、やんわりと潮の香りとともに少し先に見知った後ろ姿が目に入った。

「凛くん!」

改札を出る手前で凛くんが振り返る。しかし私だと認識した後、特に返事をするわけでもなくそのまま改札を出ていった。うん、これが通常運転の凛くんだ。
小走りで凛くんの後を追い、そのまま並んで同じ道を歩いて帰る。最初こそ「なんで隣歩いてんだよ」と言われたものだけど、こうして時間が被る度に鉢合わせていたらいつしか何も言われなくなった。
私の家の方が手前にあるため未だに凛くんの家の場所はわからないけれど、途中までは一緒だし雑談ついでにここ数日の気になっているアレについて聞いてみようか。

「一緒の電車だったんだね」
「テスト前で部活できねぇんだから大体そうだろ」
「確かにそうだね」

正論を言われて乾いた笑いをこぼしながら何気なく凛くんを見ると、また意味ありげに私を見ていた。

「あのさ、もしかして私に何か言いたいことでもある……?」
「何が」
「いやぁ〜なんか最近すごく見られてる気がするなーと思って……勘違いだった?」

覗き込むように凛くんを見れば、歩幅を合わせていた足が止まる。そしてしばし流れる沈黙。すぐ近くの海岸で波の揺れる音が耳を掠めていく。
何を言われるのかと緊張した面持ちで凛くんの言葉を待っていると、凛くんはおもむろに部活用のバッグから何かを取り出して私に差し出した。

「へ?何?」
「お前にやる」

唐突に渡されて思わず目を丸くする。手に収まったそれをじっくり見てみると、およそ凛くんには似つかわしくない可愛らしいラッピングが施されていた。手にした感じから軽くて柔らかい物が入っているっぽい。一体何だろうか。ていうか――

「凛くんに今日が誕生日だって話したことあったっけ?」
「ねぇよ」
「じゃあなんでプレゼントなんか……」

いやいや、待て。さすがに自惚れすぎでは?そもそも付き合ってもないしプレゼントもらうような親しい仲でもないし!誕生日を知っていることに関しては特に気にならないけれど、問題はなぜ凛くんが私にプレゼントを渡してきたのかという点だ。
一体どんな理由で?もしかして物で買収して勉強教えろとか?日頃の感謝で……なんて一番ありえないよね……なんて脳内で色々と失礼なことを考えていれば、凛くんは「いらねぇなら返せ」と手を伸ばそうとしていた。

「いる!ちょっとびっくりして色々考えてただけだから!今開けてもいい?」
「……好きにしろ」

中身を確認すれば何かわかるかも。凛くんに許可を取りリボンを解けば、中に入っていたのはワインレッドのシュシュにチャームが付いたものだった。

「え、可愛い……!」

つい一週間ほど前、愛用していたお気に入りのシュシュを失くしてブルーになっていたばかりだったところだった。あちこち探したけれど結局見つからなくて、仕方なく新しい物を買おうとしていた矢先のこのプレゼントは素直に嬉しい。デザインもシンプルで普段使いしやすいものだし、何より私の好きな色というのが喜びもひとしおだ。

「でもどうして凛くんが私に?」
「別に……最近付けてねぇだろ。あれがねぇと遠くからだとお前だってわかんねーってだけだ」
「あ、目印がわりってことね……」

そうだよね、凛くんは「お前に似合うと思って」なんて言ってプレゼントするようなタイプじゃないもんね!……こんなこと言ったら怒られそうだ。
でも理由はなんであれ、今日という日に凛くんからプレゼントをもらえたことは思いがけないサプライズになった。自然とだらしのない表情になってしまうのは相手が凛くんだからか。
普段から凛くんは女子とはあまり会話しないし、マネージャーをやっていても部活に関することだけでこうして雑談をすることはほとんどない。だから私の存在が少しでも凛くんのテリトリーに入ることを許されたみたいで、心の距離が縮まったような気がしてシュシュをもらったこと以上にそれがたまらなく嬉しかった。

「ありがとう、大事にするね。早速つけちゃおうかな!……どう?」

味気のないヘアゴムの上にシュシュを被せて凛くんに見せる。やっぱりヘアゴムだけじゃ気分も上がらないよね。

「失くしたら殺す」
「感想が聞きたかっただけなのに物凄いプレッシャーかけられてるんですけど!?」

凛くんに素直な感想を求めたのがいけなかった。相変わらず真顔で言うから冗談に聞こえないのが恐ろしい。これは前に使っていたシュシュを失くしたとは口が裂けても言えないな……。

「凛くんだと思って身に付けれてばなくさないよきっと」
「……は?」
「ほら、見張られてる緊張感っていうか」

それが人からもらった物――凛くんなら一層気が引き締まるというものだ。
しかし当の本人は何だか不満気な表情をしていた。いや、見た目的には変化がないから正確にはそう見えた、というのが正しいか。

「そんなモンしてなくたってお前の姿くらいすぐに見つけられる」
「え?さっきと逆のこと言って――」
「うるせぇ。俺の動体視力ナメんな」
「あっ、待ってってば!」

さっさと歩き出してしまった凛くんを慌てて追いかける。
凛くんはクールで口数も少なくて少し近寄りがたい雰囲気だけれど、嘘だけはつかない人だと知っている。
だから目印がわりというのは本当なのかもしれないけど……すぐに見つけられる、なんて凛くんの口から言われてしまったら一体どんな意味が含まれているのか――一度考え出したらそこにはもう、期待しか残らない。


2023/04/18
title:金星

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