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このありふれたラブコメディーに進展を!

「千加ちゃん、私ボトル洗ってくるねー」
「お願いします」

 冬本番のこの時期は陽が落ちる時間も早くなっていた。夕方から夜にかけては気温も急激に下がってきて空気も冷え込む。さらに今日は風が吹いていて体感温度はより低い。

「うぅ〜寒っ」

 寒気に晒されて冷えた鼻を啜る。
 そろそろ――というかいい加減新しいタイツ買わなきゃ。今日は気温がいつもより低くて冷え込むと朝のニュースで言っていたから履いていくつもりだったのに、朝履いてみたらものの見事に生地が擦れていて履いて行ける状態じゃなかった。むしろあんなボロくなってたのにどうして捨てなかったんだと去年の自分に言いたいくらいだ。
 おまけにパンチラ防止のスパッツも洗濯中で、スカートの下は下着一枚という冬なのにありえないほど無防備な格好をしている。うん、無理普通に寒すぎる!ちなみにジャージは見栄えが悪く私のプライドが許さないので選択肢にはない。
 入り込んでくる寒気を防ぐためいつもよりスカートの丈を下げてはいるが、やっぱり寒いものは寒い。よって今日はとっとと済ませて帰るに限る!

 両手に持っていたボトルの入ったかごを置いて洗いに取り掛かる。もちろんお湯が出るなんて事はなく。憂鬱な気持ちで蛇口を捻れば、外気に当てられていたせいで水は凍りつくほどに冷たかった。

「ひぃー冷たっ!」

 しかし泣き言など言っていられない。マネージャーの仕事は選手が万全の状態でプレー出来るようにサポートする事。スコアを付けたりする事もあるけれど、大抵はこういった雑用が主である。

(でもやっぱり冬はつらい……!)

 内心泣きながらも、しかしボトルを洗う手を止める事はない。とはいえ部員の数も多いため早くやってもそれなりに時間もかかる。そこで自然と思い浮かべるのは彼の事。

(……水樹くん、今日もシュート決めてて格好良かったなぁ)

 普段の水樹くんは周りが心配するほどのド天然ぶりを炸裂させているが、試合の時になるとまるで別人のようなオーラを放つ。ゴールに向かって走る真剣な表情にはいつも目を奪われていた。
 あの表情が私だけに向けられたらいいのに。そんな事を片隅で願いながら蛇口を閉めた瞬間、突如北風が大きく吹き抜け――同時に背後から私を呼ぶ声がした。
 下から煽るような風に、いつもより長めのスカートがはためく。抑えようにも両手は塞がっている上に濡れていて間に合わず。……今の絶対見えたでしょ!?ど、どうしよう!
 焦りやら羞恥やらに苛まれながら呼ばれた方へと顔を向ければ、その人物に目を見開かずにはいられなかった。

「み、水樹くん!?」

 え、何これタイミング悪すぎでしょ。本当なら二人きりのこの状況に喜ぶところだけどそれどころじゃない。だって下着、見られた……!よりによって好きな人に見られるとかもう最悪だ死にたい。
 しかしそんな私の思いとは裏腹に目の前に立つ水樹くんはいつもと変わらず真顔で、何を考えているのか読めなかった。心臓がドクドクと大げさに脈を打つ。

「…………」
「…………」

 ……気まずい!沈黙がとても気まずい!!
 しばしの間じっと見つめられるもその沈黙に耐えきれず、すぐに私から口を開いた。

「……み、見た?」

 どうやら思ったよりも動揺しているらしい。思わずそんな事を口走ってしまった。なんて事を聞いてるんだ私は。
 震えながら裏返った声で恐る恐る問いかければ、あっけらかんと答えた水樹くんに私は大きく目を見開いた。

「何が?」

 何が!?待て待て待てこの状況で「何が」!?え、明らかに見えてたよね!?色気も何もないボーダー柄のパンツ見えてましたよね!?本気で言ってるのかボケてるのかわからんぞ!それとも何、私が被害妄想しすぎなだけ?いや、そんなはずはない。
 しかしここはむしろスルーしてくれた方が助かるってもんだ。よし、今のはなかった事にしよう。そうしよう。

「それより何か用でもあった?」

 目を閉じ深呼吸をした後、咳払いをして何事もなかったように聞けば、水樹くんは「これ、渡し忘れてたから渡そうと思って捜してた」と手にしていたボトルを差し出した。

「あ、ごめん!気が付かなくて」
「いや、気にしていない」
「手間かけさせてごめんね。ありがとう」

 そう言って受け取るもなぜか再び水樹くんにじっと見つめられ、試合のような真剣な眼差しに思わずごくりを息を呑む。しかしその捉えどころのない、感情の読めない瞳は私に変な緊張感を抱かせた。

「……まだ、何かあった?」
「みょうじ、俺はシュッってやつよりボツボツしてるやつが好きだ」

 水樹くんが何を言うのかドキドキしながらも平然を装って言えば、返って来たのはよくわからない謎の告白だった。一瞬「好き」って単語に反応してものすごくドキッとした自分が恥ずかしい。
 それにしても安定の水樹くんである。擬音のせいで何の事だか全くわからない。臼井くんがいたら解説してくれただろうか。そんな事を思いながらシュッとしたやつとは何なのか、ボツボツしたやつとは一体何か、考えてみるも皆目見当もつかない。

「えっと……何の話?」

 無意識だった。しかしそう聞いてしまったのが間違いだった。

「さっき風が吹いた時、下着が見えた」

 全身が凍るとはまさにこの事か。どこからかピシッと音を立て、まるで本当に氷に包まれているみたいに体が一瞬動かなかった。「何が」って言っておいて最後の最後にものすごい爆弾投げて来たな!?ほんと水樹くんの思考回路どうなってんの!
 おかげで水樹くんの言葉の意味もわかってしまって、何というかもう穴があったら今すぐ入りたい。

「やっぱり見てたんじゃん!!水樹くんのむっつりスケベー!」

 張り上げた声と同時に風がそよぐ。しかし羞恥で全身が沸騰するように熱いせいか全身を覆っていた氷は溶け、さっきまでの寒さは微塵も感じなかった。
 そのまま逃げるようにして去ってしまったから水樹くんがどんな表情をしていたのかはわからない。ただこんな出来事があったにも関わらず、水樹くんの好みが一つ知れたと喜んでしまう私はどうしようもないアホで――

(水樹くんはボーダーよりドット派……!)

 スケベだ。走りながら右手は小さくガッツポーズを決めていた。私も大概人の事は言えないな。

――そして次の日の放課後、誰に見せるわけでもないのに無駄にドキドキしながらドット柄の下着を購入するのである。

「千加ちゃん、私ボーダーやめてドット派になったから!」
「はあ……(何の事だかさっぱりわからない)」


2017/01/09

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