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冷たさがすべての理由になる

12月25日はイエス・キリストの聖誕祭であり、旧時代からのクリスマスの由来だと言われている。
世間が浮き足立っている中で、その本質を理解している人間はどのくらいいるのか。とはいえ、年末特有の忙しなくも賑やかな空気は嫌いではなかった。

私自身クリスマスにこれといった思い出や出来事があるわけじゃない。
今日だって普段と変わらず仕事漬けの一日で、つい先程まで一係総出で駅前広場にて広報活動に勤しんでいた。
年末年始は色々とトラブルや事件、事故が起きやすい。その呼びかけの一環として街頭でラクーゼを配布しながら注意喚起するという任務が刑事課に課せられた。要は羽目を外しすぎるな、という忠告だ。

滞りなく無事に任務を終え、その後も報告書をまとめて一息ついた時だった。
ふと窓の外へと視線をやると雪が降っていた。言わば初雪。滅多に降らないことに加え、しっかりと肉眼で捉えられるほどの大きさの白に年甲斐もなく気分が上がってしまう。
一年に一度降るか降らないかの確率で今日という日に降ったことは少なからず特別なものに思えて、何か奇跡が起こる予感すら抱かせた。
せっかくの初雪を室内で眺めているだけではもったいないし、いつ降り止んでしまうかもわからない。
街灯の明るさとホロのイルミネーションも相まって街は一層華やかさを増している。その幻想的な光景を少しでも堪能するべく、すぐさまコートを羽織って展望テラスへと足を運んだ。


「さむっ……」

ドアを開けると、凍てつくような寒さが全身を掠めていく。
ラウンジで買ったココアを両手に包み込みながら夜空を見上げると、白く染まる吐息とともに漆黒の夜空というキャンバスを描くように白雪が眼前に広がる。
降ったばかりで銀世界を望むには程遠いけれど、それでも東京で見るには充分な景色だった。

「綺麗……」

手を伸ばせば結晶の粒が手のひらにそっと舞い降りる。
……こんな日に狡噛さんが隣にいたら良かったのに。
そんな願望を抱かせるくらい、雪は人肌恋しくロマンチックな気分にさせた。

「……みょうじか」

ぽつりと漏らした一言に呼応するように誰かに名前を呼ばれる。
声のする方へと視線を向けると、数メートル先で屋根の下で一服しながら同じように夜空を眺めていた想い人が立っていた。
仕事を頑張ったご褒美にサンタクロースがプレゼントを届けてくれたのか。ただの偶然だったとしても、聖なる夜の出来事に私は純粋に浮かれていた。

「狡噛さん……今日はお疲れさまでした」
「ああいう広報活動は正直二度と御免だ」

ため息混じりに紫煙を吐く狡噛さんに、つい苦笑を浮かべながらプルタブを捻る。
狡噛さんに限らず刑事課が広報活動をするという行為自体あまり乗り気ではなかったのに、その上サンタの帽子まで被らされればそんな愚痴が出てしまうのも無理はない。つくづく彼には獲物を追う猟犬という表現が相応しい。

「せめて衣装だけでもどうにかなればなぁ」
「あんたのサンタクロース姿はあれはあれで似合ってたぞ。まあサンタクロースというよりはトナカイだったが」

流し目で口許を緩める狡噛さんについ鼓動が速まるも、純粋に褒められてるわけではないから複雑だ。雪が降るほど寒いとは思わなかったから、終始顔を強ばらせ鼻をすすっていた。
それにしてもなぜ監視官だけサンタクロースの格好をしなければならなかったのか、終わった今でも疑問は消えない。同じ格好をしていた宜野座さんが能面のような表情をしていたのは今でも忘れられない。

「狡噛さんも被り物似合わなさすぎです。でもあれはあれで可愛かったですよ?」

少しばかりの仕返しをするように言ってみれば、「嬉しくないな」と呆れた表情を覗かせて即答した。
似合わないと思ったのは事実だけど、仏頂面で帽子を被っていたそのギャップに可愛いと感じたのも事実だ。普段では見られない姿が見れて、私は密かに胸をときめかせていたのだから。

「……雪、綺麗ですね。ギリギリでホワイトクリスマスだ」

クリスマスが終わるまで、あと一時間とちょっと。本当にいいタイミングで初雪が見られた。

「水蒸気が凍って雪になるか、溶けて雨になるかの違いしかないがな」

真顔で淡々と述べる狡噛さんについ目を細める。せっかく意図せず二人きりになれたというのに、ロマンチックな気分に浸っていたのにムードもへったくれもない。

「そう夢のないこと言わないでくださいよ。氷の結晶が空から降るんですよ?何だかロマンチックでいいじゃないですか」

雨だと憂鬱な気分になるけれど、一定の気温まで下がればそれは雪へと変化する。性質は変わらないのに、たったそれだけの違いでひとえに美しいものに変わるのだから不思議なものだ。

「意外だな。あんたがそこまでロマンチストだとは思わなかったよ」

また、その笑みだ。からかわれている。それなのに懲りずに胸をときめかせてしまう私は本当にどうしようもない。

「……私だってクリスマスは恋人と過ごしたり、寒い日に抱きしめて温めて欲しいって思ったりするんです」

けれどそれは半分叶っている。
仕事でも、雪が降るほど寒くても、今日という日に狡噛さんが隣にいるだけでそれだけで嬉しいと、幸せだと思えるから。

これほどまでに寒いと缶の温かさはすぐに逃げて行ってしまう。冷めないうちにと体内へとその温かさを取り込めば、束の間の温もりが身体の内側に広がっていく。
それからホッと一息ついたのと、徐に手を引かれたのはほぼ同時だった。

「っ!狡噛さん……?」

ついさっきまで煙草を弄んでいた右手がいつの間にか肩に回され、抱き寄せられた勢いで狡噛さんの胸にすっぽりと身体が収まる。
缶の温かさとは比べ物にならない、淡くも確かな人肌の温もりに今度こそ正真正銘、身体の内側から熱がこみ上げてくる。
手持ち無沙汰になった左手だけが寒空の下で置き去りのままだ。

「肩震わせて縮こまってたら、俺にはこうして欲しいって意味にしか聞こえなかったんだが――」

「違ったか?」生ぬるい吐息が冷たくなった耳を撫でていき、寒さとは別の意味で身体が震えた。

「ちが――……」

言いかけて押し黙る。顔を上げ、至近距離で目と目を合わせてしまったが最後。さっきまで夢のないこと言ってたのに、どうしてそんな甘い表情を見せるの。
そんなつもりで言ったわけじゃない。けれど違うというわけでもない。いつか、いずれ、あわよくば――……そんな期待と願望をずっと心の真ん中に抱いていた。
それが今日という日に叶ったのだ。自分の想いを否定するにはきっとまだ早い。
何より、そんな、まるで好きな人に向けるかのような瞳に見つめられてしまえば、私は全力で肯定の意を示すしかないから。

「……違わない……」

目を散らしながら、狡噛さんの腕の中で小さく首を横に振る。置いてけぼりになっていた左手を背中に回しそっと身を寄せると、私の言葉に応えるように彼はさらにぎゅっと強く抱き締めた。

「狡噛さん、あったかいですね……」

舞い散る雪が狡噛さんのアウターのファーに泡のように張り付く。ライトに照らされたそれはまるで宝石のような輝きを放って私の視界を埋めた。

「元々寒さには強いからな」
「……雪、降り止まないでくれたらいいのに」

独り言のように呟いたその声が狡噛さんに届いたかはわからない。けれどそれは紛れもない本心だった。それでも言葉にして気持ちを確かめ合うなんてことは出来ないけれど。
寒さのせいにして、雪という非日常を言い訳にして、クリスマスだからと浮かれている私に夢を見せるように、ずっとこうして抱きしめていて欲しい。
時間が止まればいいのに、なんて子供じみた願いをしてしまうくらいにはその温もりが心底離れがたかった。

せめてあと少し、もう少し、どうか魔法よ解けないで。


2023/12/31
title:エナメル

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