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秋麗メランコリー

「お前ら先に護送車へ戻っててくれ。俺は和久さんのところへ行って来る」
「わかりました」
「承知」

 秋は人肌が恋しくなる季節だなんて言葉を聞くけど、なぜなんだろうか。爽やかな秋晴れの空を見上げながらひとり考える。
 春ほど暖かな陽気でもなければ冬ほど凍えるような寒さでもない、それが人間にとって一番心地よい気候だからなのだろうか。もちろん人によってさまざまだろうけど、確かに秋は一番過ごしやすくて好きかもしれない。ただその分どことなくセンチメンタルな気分になる事も増えるのだけど。

「なまえちゃん何してるのー?早く護送車に行こ!」
「あ、うん、今行く」

 先を歩く陽名ちゃんと翼ちゃんを追って行こうとした刹那、風立ってスーツ越しに肌を刺激して思わず立ちすくむ。前方の二人から上がった小さな悲鳴は、秋というよりも冬がすぐ近付いて来ている事を知らせているようだった。
 何だかんだで晴れていても吹く風はやはり冷たい。やっぱり上着着て来るべきだったかなぁ。でもこの秋風を感じられるのは一年の間のほんのわずかなのだと思ったら、何だかもったいない気もした。
 しかしそんな思いとは裏腹に体は正直なもので。無意識に両手で自分を抱くような格好をしていた事に気付く。

(早いとこ護送車に戻ろ……)

 そう思って足を踏み出した瞬間――

「みょうじ!」

 ふと後ろから私を呼ぶ声。振り返ってみれば、和久さんのところへ行ったはずの狡噛さんが呆れ顔で私を見ていた。

「狡噛さん?」
「先に戻ってろと言ったのになんでいつまでも外にいるんだ。風邪引くだろ」
「すみません。秋のこの肌寒い感じが好きで……ついたそがれてました」

 そよ風を感じるように腕を伸ばしながら言えば、「まったく……」と狡噛さんはため息を吐く。

「別に怒る事でもないが……体調管理には気を付けてくれよ」
「はい。ではお先に失礼します」

 会釈をして戻ろうとすれば「ちょっと待て」と再び呼び止められ、突然レイドジャケットを脱いだかと思えばスーツのジャケットまで脱ぎ始めた。何事かと思いながらもただ黙ってその様子を見ていれば、そのままスーツのジャケットを手渡される。

「?」
「全然寒いぞ。……とりあえず早いとここれ着て戻れ」
「そんな、お気遣いなく。すぐそこですし」
「何かあってからじゃ遅いんだ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
「公安局に着いた時に返してくれればいい」
「はい、ありがとうございます」

 狡噛さんは男女分け隔てなく誰にでも親切だ。執行官の私に対してもこんな風に。私がとやかく言えるような立場じゃない事はわかっているけど、誰にでも優しいというのは何だかあまりいい気がしない。恋愛からの嫉妬とかそういう事ではなく、単純に色相が悪化しないかと心配になる。

「でも……やっぱり嬉しいもんだな……」

 踵を返す背中に向かって呟く。こんな風に優しくされたのはいつぶりだろうか。優しさが妙に心に沁みて、温かくも涙が出そうになった。

 それから早足で戻れば、護送車の陰で何やら楽しそうな表情で私と狡噛さんを交互に見る陽名ちゃんと翼ちゃんが目に入る。

「なんか狡噛さんとイイ感じだったねー!これはもしや恋の始まり!?」
「でも狡噛さん天然だからなまえがギャン!ドカン!ザシュッ!としないと無理かも」
「翼ちゃんちょっと何言ってるかわからない」
「でも脈アリかもだよ!狡噛さん優しいけど、あんな風に優しいのはなまえちゃんだけだもん」

 だからと言って下心のあるような優しさだとは特に思わなかったけど……。そもそも監視官の狡噛さんに好かれるような性格でもなければ立場でもない。むしろこうして分け隔てなく接している方が珍しい。まあ一緒に働いてる以上避けられない事でもあるからしょうがないのかもしれないけど。

「確かに。私たちはされた事ない!」
「それ単に翼ちゃんが戻るの早いからじゃないの?」
「うむ、それはある」

 仮に好意を抱く抱かれるにしても辿り着く結果は儚いものだろう。それはそう、まるですぐに過ぎ去ってしまう秋のように。
 訳もなくもの悲しい気分になるのは秋のせいなのか。
 肩に羽織った、まだ温もりの残るジャケットに触れながら移ろい行く秋空をしんみりと眺めていた。


2016/10/30

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