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ブルーデージーと秘め事

「風見さーん?そろそろ時間ですよ」

仮眠室のドアを開け、膨らんでいるベッドへと近付いてそっと声を掛ければ、彼は身じろぎながらシーツの擦れる音を響かせる。しかし寝返りを打っただけで起きる気配はない。それもそうか。立て続けに捜査が立て込んでたし、まともな睡眠なんて取れなかっただろうから。
とはいえ、いつまでも寝かせてあげられない。この後には捜査会議も入っている。むしろそのために呼びに来たのだ。本当は疲れが取れるまでそのままにしてあげたいところだけど、こればかりは私だけの意思ではどうすることも出来ない。

「風見さん、起きて下さい。もうすぐ捜査会議が始まりますよ」
「ん……」

再び声を掛ければ、小さく漏らした声とともにゆっくりと瞼が上がる。そこにいつもの鋭い眼差しの面影はない。寝起きゆえか、普段の姿からは想像も出来ないくらいに無防備な表情だった。これは私が呼びに来て正解だったな。だって風見さんのこんな姿を私以外の人が目にしたとなればきっと妬いてしまうに違いない。
体調を心配している気持ちももちろんあるけれど、それ以上にこうして警戒心を解いた無防備な姿を見られることを喜んでる自分もいた。だってこれは恋人だけの特権だと思うから。

「すまない、寝すぎてしまったか」
「大丈夫ですよ。少しは疲れ取れました?」
「ああ。だいぶ楽になった。ありがとう」

そう言って小さく欠伸を漏らしながら、外していた眼鏡を掛ける。本当に仕事の時とは比べものにならないくらい可愛らしさがあるなぁ。本人に言ったら絶対に眉間に皺を寄せて怒るだろうから直接言うことは出来ないけど。しかし知らぬうちに口元が緩んでしまっていたらしい。風見さんが不思議そうな顔で問いかけてきた。

「なんだ?」
「いえ、なんでも。それよりもその格好」
「?」
「ここを出る前にちゃんと整えないと、ね」

上着はハンガーに掛けていたため皺にはなっていなかったが、身に付けているシャツには皺が寄っているし、緩められたネクタイは形が崩れかかっていた。これはこれで私からすれば何だか愛おしさすら感じてむしろ良いのだけど、今は勤務中だ。
崩れたネクタイを直そうと彼の隣に腰を落とす。それからネクタイに触れれば頭上から抗議の言葉が降って来る。

「君の手を煩わせずともこれくらい自分で出来る」
「そんなことわかってますけど。これくらいいいじゃないですか」
「そういう意味ではない。その……」

そこまで言いかけて風見さんは口ごもる。しかしきまりが悪そうに逸らされた視線を見れば、言いたいことは一目瞭然だ。

「大丈夫ですよ、誰にも見られてませんから。照れてる風見さんを見られる心配もありません」
「そういうことではなくてだな……」

少しからかいが過ぎてしまったか。風見さんは呆れたように小さく息を吐く。どうやら彼は私たちが付き合っているということを周りの人には知られたくないらしい。私は逆に自慢したくてもどかしいくらいなのに。でも人に言えない秘密があるという緊張感も正直悪くない、なんて思ってしまう。
それに今ここにいるのは私たちだけ――こんなことしたら呆れられてしまうかな。でも、抑制されると逆にやりたくなってしまうのが人間の性というもの。
整えたネクタイを掴んでそのまま自分の方へと引き寄せる。吐息が掛かりそうなほどの至近距離で見つめ合えば、風見さんは目を見開いたまま黙り込む。

「私は別に隠す必要なんてないと思ってるんだけどな」

そう囁いてその唇にゆっくりと自身のそれを重ねる。
数秒経って離しても見開いたままの瞳につい笑みがこぼれてしまう。仕事では決して見せないこういうところが、私の心を鷲掴みにしている要素だということを彼は知る由もないだろう。
しばらくしてやっと口を開いたと思ったらひどく動揺しているのか、狼狽えながら私の名前を呼んだ。

「こ、ここでこういうことはしないでくれとさっき言ったばかりだろう!」
「お言葉ですが、はっきりと口にはしてないですよ」
「っ、君のそうやってすぐに人の揚げ足を取るところは――」
「はい、これで大丈夫です」

風見さんの言葉を遮って笑顔を見せれば風見さんは続きを言うのを諦めたのか、ばつが悪そうな表情をしながらハンガーに掛けていた上着を羽織った。
そういうところがからかいたくなる要因だってこと、きっと気付いてないんだろうな。そこがまた風見さんのいいところでもあるから、ずっと気付かないままでいてくれたらいい。

「風見さん」
「まだ何かあるのか?」
「ここであったことは二人だけの秘密……ですよ?」

ドアノブに手を掛け、振り向いた風見さんにあえてそう声を掛ければ咳払いとともに瞳が鋭いものに切り替わる。

「……先に行く。君も遅れることのないように」

先程よりワントーン低い声で仕事モードへと切り替えた後、仮眠室を出て行った。けれど耳がほんのりと赤く染まっていたところを見れば、それが本心じゃないことくらい容易にわかる。そういうところが私をさらに夢中にさせるんだ。
そんな彼を思ったらますます愛おしさがこみ上げてきて、自然と溢れる笑みをしばらくの間抑えられなかった。


2018/06/16

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