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きれいな運命を求めている

組織に入ったことを後悔したことは一度もない。むしろ何もかも失い、生きる意味すら見出せずにいた私に手を差し伸べてくれたベルモットには感謝をしているくらいだ。それはまるでひとすじの光が射し込んだかのように眩しかった。

その日から私は組織のため、ベルモットのために忠誠を誓い、与えられた仕事には全力で取り組んだ。たとえそれが悪であろうと関係ない。私にとって重要なのは結果や名声を手に入れることなんかじゃない。暗い地の底から拾い上げてくれた人のために尽くす――それこそが何よりも価値のあるもので私の存在意義だから。
しかし果たして組織に貢献出来ているのだろうのか?ここに入った時に銃の扱いや人を懐柔する話術、身体を使ったハニートラップなど――任務を遂行するにあたり必要不可欠であろうテクニックは一通り叩き込まれた。けれど未熟さが残っている私は未だ組織の一員として貢献出来ていないと感じていた。ベルモットに特別扱いされているからなどではなくて、単に私の力不足。言わば器用貧乏。突出して良くもなければ目立つほど悪くもない。

「噂には聞いてたけどスコッチは射撃が得意なんだね」
「そうか?腕前じゃライが一番だと思うけど」
「あれはなんていうか元々の素質が違う感じがしない?」
「あー、確かにそんな感じするな」

真剣な眼差しで銃を構えていた姿から一転、スコッチは肩の力を抜いて緩やかな表情を見せる。
殺伐とした組織には不釣り合いなそれを目にする度、私の中でモヤモヤとした言い様のない感情が胸の奥を締め付ける。

「私も少しは練習した方がいいかなぁ。全然上達しなくて」
「そうなのか?確かに一緒に任務に出たことはなかったが」
「だってライやスコッチがいれば事足りるし……。指導してって言ったら教えてくれる?」
「コードネームがそう言うなら俺は別に構わないぞ」
「本当?じゃあ教えて欲しい」

そう口にした言葉は本心だった。けれどそれが組織のためではなく、目の前にいる彼と少しでも一緒にいたいという口実になっていることに気付いていた。その相反する感情にいかにスコッチという一人の人間に心揺さぶられているか、その事実を痛いほど突きつけられる。それがたまらなく苦しかった。
私はいつからか、彼に光を求めていたのだ。

「それじゃあまずはお手並み拝見といくか」

手渡された銃を構え、照準を定めて引き金を引く。弾はやや左に跡を付けた。「なんだ、言うほど悪くないぞ?」なんて言いながらも、その後続く言葉はアドバイスに他ならないものばかりで。滲み出るその優しさが彼本来のものだと思ったらひどく悲しい気持ちに覆われた。

「もう少し前傾姿勢で、肘と膝は若干曲げた方がいいな」
「こう?」

さっき目にしたあの真剣な顔つきで事細かく丁寧に教えてくれる。その姿はやはりここには相応しくない。あの鋭い眼差しといい、彼は完全なる悪に染まりきれていない。それもそのはずだ。彼は正義のために銃を手にする側の人間――。
彼は表の世界ではどんな人間なんだろう。ここでは見せない笑顔を誰かに見せたりしているのだろうか。見えない相手を思っては羨望の思いがじわりじわりと湧き上がる。

「んー、もうちょっと重心を前にして……こんな感じだ」

何の躊躇いもなく身体に触れ、背後から腕を重ねられる。私よりも大きくて温かい手。その温もりがやけに肌を刺激されて、同時に懐かしさを感じる人の温もりに思わず涙が出そうになる。しかし身体は正直なもので、沈んでいる気持ちに反して肌の内側からは微かに熱を帯びていた。

「何となく感覚はつかめたか?」
「うん……ありがとう。スコッチの教え方すごくわかりやすい。もしかして表の顔は学校の先生だったり?」
「さあ、それはどうだろう」

はぐらかすように漏らした声とともに背後の温もりが遠ざかる。顔を見ただけで何かあったか見抜いてしまうスコッチと目を合わせることが出来なくて、行き場のない視線は置いた銃に注ぐしかなかった。

「でもスコッチなら似合いそう」
「そうか?じゃあそういうことにしておいてくれ」

彼は私にNOCだと感づかれていることに気付いているのだろうか。仮にそうだったとしても私から追及するようなことはしないけれど。組織以外での顔がたとえどんなものであろうと、私にそれをどうこうする権利も資格もない。知ったところで何か繋がりが持てるわけじゃないことは痛いほどわかってるから。

「もっと本格的に教わりたいならライに頼むべきだな」
「ん〜でもライは何だか近寄りがたくて話しかけづらいオーラがあるから遠慮しておく」
「はは、その気持ちわからなくもない。あいつ、一匹狼っぽいよな」

もしかしたら悪に染まりきれていないのは私の方なのかもしれない。もし彼の正体が晒され、抹殺命令が出たとして私は躊躇いなく引き金を引けるのか。以前の私だったらきっと出来ただろう。
けれど彼と出会い、恋という陳腐な情を抱いてしまった以上、確固たる思いは泡沫の如く脆いものでしかなくなってしまった。
ベルモットを裏切るつもりはない。私はこれからも組織のために生きて行く。それなのにいつかスコッチが手を差し伸べてくれる日を心のどこかで夢見ている自分もいる。あまりにも都合が良すぎる。そんなことはわかってる。
それでも新たに射し込んだ光に、私は今も儚い思いを捨てきれずにいた。


2018/06/12
title:金星

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