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とびきりのプレゼントを君へ

『すまない、今晩任務が入った』


短く手書きで書かれたメモを眺めて溜息をつく。降谷さんがそう書く時は、バーボンとしての仕事が入った場合だ。トリプルフェイスを持つ上司が忙しいのは百も承知で、予定が急に変更になるなんて日常茶飯事なので慣れている。なんとなく今回もそんな予感はしていた。それでも、今日だけはその予感が外れてと思っていたのに。

今日の日付に大きな丸がついている卓上カレンダー。そう、今日は私の誕生日だ。しかもただの誕生日では無く、降谷さんが私のために料理を作ってくれるという約束をしていた大切な日だった。まぁ、それも先程のメモで全てが水泡に帰したわけなのだけれど。仕方ないとはわかっていても、期待が大きかった分反動も大きい。また一つ大きく溜め息が漏れた。

「なに盛大に溜息を吐いているんだ・・・」
「風見さん!」
「確かお前、誕生日だっただろう」

ほら。
そう言って差し出されたコンビニの袋。その中には小さなコンビニスイーツが1つ入っている。その可愛さと目の前にいつもの強面な表情で居る先輩の顔との差がすごくて、思わず交互に見比べてしまった。それにまさか風見さんが私の誕生日を覚えてくれているなんて思わなかったから余計に驚きだ。

「なんだ、その顔は・・・いらないなら、」
「いります!ありがとうございます!!」

私の反応に更に眉間に皺を寄せて取り上げようとする風見さんから、慌てて袋をガードする。まさか風見さんから貰えるなんて思ってもいなかったんだから大切に食べないと。もう一度袋の中身を覗いて見ると、嬉しくて思わず口元が緩む。降谷さんとの約束がダメになったのはとてもショックだったけど、世の中悪いことばかりじゃない。別に降谷さんもそうしたくて予定が入ったわけではないしね。そう、ポジティブに考えることにしてデスクに向き直る。さて、昼からの書類整理も頑張りますか。

「そうだ、みょうじ」
「はい?」
「お前、昼からあの喫茶店へ行ってこい」
「は・・・」

風見さんからの言葉に思わず動きが止まる。風見さんの言う喫茶店とはあれだ。降谷さんが仮の姿でアルバイトをしている所である。

「えっと・・・?」
「降谷さんに渡さないといけないデータがあってな」
「それはわかりますけど、それは風見さんの役目じゃ・・・」
「午後から緊急会議が入った」

いいから行け。
そう言われて一つのメモリースティックを差し出してくる風見さん。まだ状況が飲み込めてはいないが、彼の睨みつけるような視線に負けてそれを受け取った。私が受け取ったのを確認すると足早に部屋から出ていった風見さんの背中を見送って、手元に視線を落とす。よく分からないけど、取り敢えずこれを降谷さんに届ければいいんだよね。それはつまり、降谷さんに会えるということで。まぁ降谷さんではなく安室さんなんだけれど、本人に会えることを考えればそれは瑣末なことだった。

「よし、行こう」

もちろん化粧直しを入念にした後に。



***



「いらっしゃいませー」

カラン、とドアベルの涼しい音がして店内に入ると黒髪の女性店員さんが元気な挨拶で迎えてくれた。お一人ですか?の問いに小さく頷くと、カウンター席に案内される。食事などには中途半端な時間なせいか、店内に私以外の客は居ないみたいだ。そういえば、目的の降谷さんの姿もない。買い出し中とかなのかな。そのうち戻ってくるだろうから待ってみよう。

「ご注文はお決まりですか?」
「あ、じゃあ・・・コーヒーをホットで」
「かしこまりました。あ、安室さん!」

注文をした所で、店の奥から降谷さんが戻ってきたらしい。ちらりとそちらを見ると、私に気付いたらしい降谷さんが一瞬目を丸くする。驚きますよね、突然来てすみません。心の中でそう謝って、店員さんに知り合いだとバレないようにスマートフォンに視線を落とした。

「休憩ありがとうございました」
「いえいえ。あ、こちらのお客さんのコーヒーお願いしてもいいですか?」
「もちろん。梓さんも休憩どうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ少し奥行ってますね」

そう言って女性店員さんは店の奥に入っていく。丁度良かった、他のお客さんも居ないみたいだし、風見さんに頼まれた届け物は無事渡せそうだ。にしても、本当に喫茶店でアルバイトしてるんだなぁ。実は降谷さんが安室さんとして仕事をしている所を見るのは始めてなのだ。うわぁ、コーヒーの淹れ方が様になってる・・・さすが降谷さん。

「そう見つめられると恥ずかしいですね」
「はっ、すみません!」

思わず凝視してしまっていたようで、カウンターの向こうから苦笑した声がかかる。姿は降谷さんなのに、話し方や雰囲気は別人で、凄いと思うと同時に知らない人に見えて少し寂しい気もした。

「今日はどなたかと待ち合わせですか?」
「あ、いえ。ある方に届け物を頼まれていて、その途中で少しこちらに」
「なるほど」

きっとこれで降谷さんには伝わったと思う。届け物はお会計の時にさり気なく渡せばいいかな。そんな事を考えていたら、出来上がったコーヒーが目の前に置かれた。すごくいい香りだ。さすが降谷さん、なんでも出来るんだなぁ。ってあれ・・・?

「あの、私が頼んだのはコーヒーだけで、」
「これ、僕が作ったんですよ。よければ味見して頂けませんか?」

もちろんお代は頂きませんので。
コーヒーと共に差し出されたケーキに慌てていると、笑顔でそう返ってくる。降谷さんの手作り・・・貰っちゃっていいのかな。本当に貰っていいのか迷ってケーキ見つめてていると、相変わらず遠慮深いな、と小声で笑われる。あ、今のは安室さんじゃなくて降谷さんだ。

「本当は今日、ある方に食事を作る約束をしていたんですけど、僕の方に急用が出来てしまって」
「!!」
「その代わりというわけではないんですが、よければ貴女に食べて頂きたいなと思いまして」

にっこりと微笑まれてそう言われてしまえば、その意図が分かってしまう私に断る術は無くて。いただきます、と出されたケーキを一口食べてみる。

「美味しい・・・」
「それはよかった」

満足そうに笑う降谷さんに、もう口元がニヤけるのが止まらない。まさかこんな形で手料理を食べれるなんて。口に含んだケーキと一緒に幸せを噛み締める。もちろん今目の前に居るのは安室さんであって、降谷さんではないのだけれど、それでも今の私にとっては充分すぎるくらいの出来事だ。あ、届け物。いま誰も居ないならもう渡しちゃってもいいよね。

「あの、私が届け物をする相手がどうやら来れなくなったみたいで。ここによく来られている方なので、よければ預かってもらってもいいですか?」
「あぁ、それならきっと貴女がそのまま持って帰って大丈夫だと思いますよ」
「え?」

どういうこと??風見さんは降谷さんに至急届けるデータがあると言って、私にメモリースティックを届けるように頼んだのだ。もしかして降谷さんにそのことが伝わっていない?それなら説明しないと・・・

「ここに良く来る彼は急な用件があるとは言っていませんでしたからね」
「え、でも・・・」
「きっと貴女に用事を頼んだ方のささやかなプレゼントなんじゃないですか?」

降谷さんの言葉に驚きを隠せない。え、まさか。降谷さんに急いで届けないといけないデータがあると言うのは嘘で、私が降谷さんに会う口実を風見さんが作ってくれた・・・?

「随分、愛されているようですね」
「・・・はい、自慢の先輩です」

ダメだ、なんだかもう涙が出てきそう。風見さん、本当にありがとうございます。デザートを頂いただけじゃなく、こんな素敵なプレゼントを貰えるなんて感謝してもしきれません。明日会ったら一番にお礼を言わなきゃ。私は幸せものだな、降谷さんだけじゃなくて風見さんにまでこんなに良くして貰っているなんて。

「なんだかちょっと妬けて来ますねぇ」
「え・・・っ?!」

表情が緩みっぱなしの私を見ていたらしい、降谷さんがそんな言葉を発するので思わず見上げると、思ったより近くにある降谷さんの顔。あまりの近さに思わず息を呑むと、なまえ、と私を呼ぶ声が安室さんのものか降谷さんのものかもはや判別がつかなくなっていて。その隙に降谷さんはその端正な顔を私の耳元まで近付けると、小さな声で囁いた。


「まぁ、俺の方がもっとお前のことを愛しているけどな」


ああ、今日が最悪な誕生日だと思った数時間前の私を叱ってやりたい。
今日は間違いなく最高の誕生日です。


2018/05/20

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