Detective Main

それはしあわせな戯れ

「ふぅ〜、間に合った〜!」

 夕飯を食べ終えた後、すぐにお風呂を済ませてビール片手にソファーでリラックスしながら21時からのドラマに見入っていた。このドラマ、弁護士モノだけどコメディ要素とか小ネタが面白くて私の中で今期のイチオシだったりする。
 しかしそんな至福の時に水を差すインターホンが鳴ったのは開始から15分後の事だった。こんな時間にインターホンを鳴らすなんてろくな奴じゃないに決まってる。うん、無視無視。そのまま無視を決め込んでCM明けを待っていれば立て続けに二回連続でインターホンが鳴って、たまらず大きなため息を漏らした。……ったく、こんな時間に誰だっつーの。
 仕方なく腰を上げてのそのそと覗き穴からドア越しの人物を見てみれば、そこにいたのはなんと久しぶりに見る零の姿だった。予想外の人物にさっきまでのイライラも忘れて急いでドアを開ける。

「零……!こんな時間にどうしたの――って、ちょ!?」

 言い終わる前にすぐに零の腕に閉じ込められて、突然のそれに思わず目をぱちくりさせる。

「え、ちょ、ちょっと零?いきなり何?」
「しばらくこうさせて」
「いや、ここ玄関だし、とりあえず上がりなよ。お茶淹れるから」

 いきなりこんな事してくるとはどうやらかなりお疲れらしい。微かに女物の香水の匂いがするし……仕事で色々と大変な事があったのだろうか。潜入捜査がどんなものなのか私にはよくわからないけど、きっと不本意でもやらなければいけないような事がたくさんあるのかもしれない。

「続きは中に入ったら気の済むまで付き合ってあげるから」
「……わかった」

 今の間はあんまり納得してない証拠だろうけど、いつまでも玄関先でこうしているわけにもいかない。
 渋々解放してくれた零と一緒にそのままリビングへと戻ればすでにドラマが再開していた。しかし零がいる今、大事なのはドラマよりも目の前の彼だ。すぐにテレビの音量を下げて「ちょっと待っててね」と言ってコーヒーを淹れにキッチンへと向かった。



「はい、どうぞ」

 BGMと化したドラマが流れる中、出来上がったコーヒーをソファーに座る零の前に置く。それから隣に座ろうとすれば、コーヒーに手をつけるより先に「なまえはこっち」と腕を引かれてそのまま零の膝の上に座らされる。

「やっぱりなまえの温もりが一番だ」

 腰に絡みつく腕はこれでもかというほどに力が籠り、背中には頭がぴたっとくっつけられ、そこから聞こえる小さく吐く息はどこか安心感を求めているように思える。
 背中から伝わってくる温もりとぽつりと呟いた言葉に何だか無性に零を甘やかしてあげたい気持ちになって、ドラマに目をやりながら零の手に自身の手を重ねれば、すぐに零の指が絡んでくる。

「……シャンプーのいい匂いがする」
「さっき入ったばっかりだからね」

 髪に顔を近づけてきた零に少しだけ顔を横に向けてそう答える。私から言わせれば零はお風呂に入った後じゃなくても普段からいい匂いがするんだけどね。今もこうして抱きしめられてるだけで落ち着くし。

「……それで今日はどうしたの?連絡もなしに来るなんて珍しいから誰かと思ったよ」
「さっきまで仕事があったんだけど、すぐにでもなまえに会いたくてそのまま来た」
「仕事、結構大変だったんだね」
「ああ。組織の任務の一環だと割り切っていても、好きでもない女に纏わりつかれるのは耐え難いな。おまけにキツイ香水の匂いを漂わせてるから気分は最悪だ」
「なかなか消えないからねぇ」

 まあ、匂いがついてるのは上着だけだったみたいだし、今は脱いでるからこうして密着していても気にならないけど。

「本当はこんなままで来たくはなかったんだけど……」
「別に気にしてないよ。それよりも零がこうして会いに来てくれた事が私は嬉しい」

 右手に重ねられた零の手を包み込むように左手をその上に乗せてぎゅっと握って「だから今日はお疲れ気味の零をたくさん甘やかしてあげる」と言えば、零は「その言葉、嘘じゃない?」と聞いてくる。

「嘘じゃないよ」
「じゃあ……」
「ひゃっ!?」

 重ねられていた手がするり、と服の下に潜り込んで来る。零の細い指がお腹やわき腹辺りに触れて反射的にビクッとしてしまって「ちょっと!」と抗議をするも、後ろからくつくつと笑う声が聞こえてくるだけだ。

「言っておくけど別にいやらしい意味じゃないから」
「絶対嘘!」
「ほんとだって。こうやって素肌に触れてると落ち着くんだよ」

 「お腹の辺りなんか柔らかいから特にね」と喧嘩を売ってるようにしか思えないセリフに思わず眉間にシワが寄る。それ遠回しに太ってるって言ってるようなもんだからね!そりゃモデル体型じゃないのは認めるけども。しかしここで怒って空気を台無しにするほど私もバカではない。零を甘やかしてあげると決めたのだ、こんな事で怒ったりはしない。素肌なら手だって同じじゃん、とかそういうツッコミももちろんしない。

「ハァ……、もう、しょうがないなぁ」
「今日は一段と優しいね」
「いつになくお疲れみたいだから。それに零の気が済むまで付き合うって言ったでしょ?」
「ああ。そうだったね」
「……ちなみにこの後は?」
「明日も朝から早いから少し休んだら帰るよ。不本意だけどね。それになまえだって仕事だろ?」
「うん。……じゃあこのドラマが終わるまではこのままでいよっか〜」

 こうして触れ合うのも久しぶりだし、残りの30分はされるがままに付き合ってあげよう。ずっと膝の上にいるのは気を遣うからちょっと疲れるけど、今日は特別。
 「ありがとう」とリラックスするようにソファーの背にもたれた零に引き寄せられて私も零に体を預ける。それから音量を元に戻し、二人で一緒にドラマを見ながら束の間の時間を過ごした。


「俺もこのドラマ見てるよ」
「え、ほんとに?」
「まあ途中で犯人もトリックもわかっちゃうけどね。でもなかなか面白いと思う」
「零みたいな視聴者って確実に製作陣泣かせだよね……」


2016/05/30
title:まばたき

降谷さんで甘える(服の下に手を入れて安心する)

back
- ナノ -