きみは存分に愛されていいひとなのです
(やっぱり私は安室さんに釣り合うような女じゃない……)
店員の女の子と一緒に高校生のお客さんを笑顔で接客する安室さんを見て胸にチクリと痛みが走る。二人組の女の子は私よりも若くて笑顔が魅力的な元気な子たち。安室さんとは親しい仲なのか女の子たちも安室さんも名前で呼び合い、私なんかが入る隙間もないような内輪話をしているようだった。その光景に、自分でも嫌になるくらいの醜い嫉妬心が沸々と沸き上がる。そもそも女の人には困らないであろうあの安室さんが、誇れるものなど何もない私を好きだという事自体が今でも信じられない。理由を考えてみても、未だにその答えは見つからないままだ。
好きな人と一緒にいられるだけで嬉しいはずなのに、なぜこんなにもモヤモヤするのだろう。安室さんと付き合い始めてからの私はネガティブな事しか考えていないような気がする。手を伸ばせば届く距離にいるのに、それ以上に目には見えない距離を感じてしまって必然的に自信もなくなっていく。
安室さんから目を逸らして俯けば、カップに注がれた液体にぼんやりとした影が映る。それが何だか今の心情を表しているみたいで思わず小さくため息を漏らせば、「最近元気がなかったのはどうやら気のせいではないみたいですね」と今さっきまで見ていたはずの彼の声が頭上から聞こえてきた。
「あ、安室さんっ……!」
いつの間にか女の子たちとの会話は終わったらしく、突然目の前に現れた安室さんにただただ驚く。
「せっかく来てくれたのにほったらかしにしてすみません」
「あ、いえ、私が来たくて勝手に来ただけですから……」
安室さんを直視出来ず、尻すぼみになってゆっくりと視線を逸らす。
「……今、梓さんからもう上がってもいいと言われたのでこのまま一緒に奥の休憩室まで行きましょう」
「え?」
「話したい事もありますし」
「で、でもそこって関係者以外立ち入り禁止じゃ……」
「少しくらいなら大丈夫ですよ。従業員は僕と梓さんしかいませんから」
そう言った安室さんは梓さんだと思われる女の子の店員に挨拶をしてそのまま奥のドアへと向かって行く。突然の事にどうしたらいいのかわからなかった私は、とりあえずその女の子に会釈をして安室さんの後をついて行くしかなかった。
*
「浮かない顔をしているのは僕が原因ですか?」
安室さんは外したエプロンをイスの背に掛けて呟く。静寂の中で発せられたその一言に核心を突かれてドクン、と心臓が脈を打った。――そうだけど、そうじゃない。疑問形で尋ねているけど、恐らく安室さんは確信してる。
「何かあれば遠慮なく言って下さい」
私が勝手に嫉妬して不安になって自信をなくしているだけなのに、私の前に立つ安室さんはまるで自分が悪い事をしたというような顔で聞いてくる。……これ以上そんな安室さんを見たくはない。――飽きられるのを覚悟で私はずっと思っていた事を正直に打ち明けた。
「……安室さんはどうして私なんかと付き合ってるんですか……?」
恐る恐る口を動かせば「何ですか、それ」とさっきとはまるで違う、安室さんの呆れたように吐いた息と低い声に体が強張る。面倒くさい女だと思われたかもしれない。嫌われたかもしれない。覚悟していたはずなのに、途端に怖くなって安室さんの顔を見る事が出来なかった。
何も言えずに俯いて黙っていれば、「愚問ですね」という言葉とともに優しく手を取られる。
「その質問、そのまま返します。なまえさんは、なぜ僕と付き合ってるんですか?」
そんなの好きだからに決まってる。告白された事は今でも信じられない。でもそれ以上に同じ気持ちだという事が何よりも嬉しかった。
「それは……好き、で一緒にいたい、から……」
「そういう事ですよ。僕もなまえさんが好きで、一緒にいたいからです。それ以外に理由なんてありません」
不意に手を引かれたと思ったらスタンドミラーの前に立たされて、背後にいる安室さんと鏡越しに視線がぶつかる。安室さんの手が置かれた肩の部分がじわじわと熱を帯びていく。
「なまえさんは自分を卑下しすぎです。周りからどう見られているかなんて関係ない。僕が好きだと言ってるんですから何も不安になる事なんてないんですよ」
「…………」
「それに、自分を悪く言うという事はなまえさんを好きな僕の事も悪く言ってる事になりますよ」
「そ、それは違います!」
そんな自分が嫌なだけで、安室さんを悪く言っている気は毛頭ない。それだけはわかって欲しくて必死に否定すれば、柔らかく微笑んだ安室さんの腕がそっと肩に回される。
「でしたらもっと自信を持って下さい。君を好きな僕をもっと信じて下さい。僕の気持ちは付き合う前からずっと変わってませんよ。……わかったら、返事」
安室さんにこんなに想われていたという事実にようやく気付いた時、今まで一人で落ち込んでいた自分が酷く滑稽に思えた。安室さんの言う通り、不安になる事など最初からなかったのだ。
安室さんのストレートな言葉が恥ずかしくて鏡越しに小さく頷けば、「ダメ」と耳元で悪戯っぽく囁かれ、思わず肩が跳ねる。
「え、ダ、ダメ……?」
「ええ。笑顔で、ちゃんと言葉にしてくれなきゃダメです。……もう一回」
いつもより少しだけ意地悪だけど、それはそれだけ私を想ってくれているという証拠で、つまりもう思い悩む事など何もない。そう思ったら自然と口元が緩んだ。
「はい!」
はにかみながらも笑みを浮かべて返事をすれば、安室さんは優しく微笑んで抱きしめる腕にきゅっと力を込めた。
(これからは自信を持って安室さんの恋人である事を誇れる)
2016/06/08
title:まばたき
嫉妬で不安になっている夢主を抱きしめる
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