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ニュートラルに恋して

「じゃあまた何かあったら来るね」
「おう、サンキュー」

 コナン君に別れを告げ、階段を下りたその足でそのまま真下のポアロへと足を運ぶ。探偵事務所に頻繁に行っているからか、こうして自然とポアロに行く回数も増えるわけで。短期間ですっかり常連となった私はそこで働く安室さんと打ち解けあうまでの仲になった。

「あ、なまえさん、いらっしゃいませ」
「こんにちは」

 そんな時だ。安室さんが公安に所属する降谷零だという事を知ったのは。

 私は黒ずくめの組織に薬で小さくされた工藤新一――もとい江戸川コナン君に、独自で得た情報を教えながら組織を追う手助けをしている。さっき探偵事務所を訪れたのはその情報を伝えるためだ。

 そんな中、バーボンというコードネームを持ち、組織のメンバーでもある安室さんが、かつて組織に潜入捜査をしていたライことFBIである赤井秀一を捜しているという話をコナン君から聞いた。どうやらその赤井さんとは何やら因縁があるようで、死んだと聞かされた事を信じてはいないらしい。
 変装をして工藤邸に住んでいる赤井さんの正体が組織のメンバーであるバーボンにバレるのは非常に危険な事態だと聞かされ、バーボンが何者なのか調べて欲しいと頼まれた私は、すぐさまあらゆる手段を使って彼の事を調べ上げた。そうしてたどり着いたのが安室さんの本来の姿である公安の降谷零だったというわけだ。まあコナン君も薄々そうじゃないかと疑ってはいたらしいけど。
 しかしそれを知ったからといって私たちの関係は変わらない。恐らくだけど、公安である降谷さんの事だから、私がこうして調べている事にも気付いてるはず。それでいて問いただして来ない理由は多分、私が安室さんを脅かす存在ではない――つまり敵ではないと確信しているから。

「いつもありがとうございます」
「いえいえ。安室さんに会えるのが楽しみで通ってるようなものですから」
「ご冗談を」

 なんて安室さんは言うけど、これは本心だ。眉を下げながら言った安室さんに「本当にそう思ってます?」と悪戯な笑みで言ってみせれば、安室さんは降参したというように「なまえさんには敵いませんね」と笑った。

「僕もなまえさんが来るのをいつも楽しみにしてますよ」
「……何だか改まって言われると照れますね。でも、嬉しい」

 そんな会話をしてはお互いクスリと笑い合う。そのまま注文を済ませた後、カウンター席へと腰掛けた。「今コーヒー淹れますね」とカウンターの先で準備をする安室さんを見ながら、本来の安室さん――降谷さんはどんな人なんだろうと気になった。やっぱり潜入捜査をしているだけあって"安室さん"は演じているのだろうか。そんな時ふと安室さんと目が合う。

「……何か考え事ですか?」
「あ、わかっちゃいます?」
「そりゃいつも見てますから」
「さすが探偵。でも、それだけじゃないですよね」

 彼の本職は公安警察だ。非常に優秀で頭の回転が速いのはわかりきっている。そんな意味を含んだ私の言葉を安室さんはいとも容易く読み取ったようで。

「安室さんの嘘つき」

 頬杖を付いたまま笑顔でずっと前から思っていた事を言えば、安室さんは淹れたてのコーヒーとともに真意を問う事なくすぐに「それはお互い様です」と同じように笑顔で返した。

「あなたの事はごく普通の女性だと思っていたのに……まさかこんなに頭の良い人だったなんて。すっかり騙されました」
「別に騙していたつもりはないんですけどね」
「僕だってそうですよ」
「でも普通に気付きませんでした。安室さんの事はごく普通のイケメン探偵だと思ってましたから」

 まあ、イケメン探偵というのが普通と言えるのかはちょっとわからないけど。
 湯気の立ったコーヒーに砂糖とミルクを加え、ベージュに染まったそれに口をつける。……やっぱり安室さんが淹れてくれるコーヒーは格別だ。

「まあ、仕事が仕事ですしね。それにしても、さすがの僕も一杯食わされました。……もう僕の全てを知ってるんですよね」
「ええ、まあ、大体の事は」

 ホッと息を吐いて安室さんを見れば、安室さんは一瞬何か考えるような顔をしたと思ったら「どうです?」と何か提案らしきものをしてきて頭に疑問符を浮かべる。

「僕と手を組んでみるというのは」
「ふふっ、いきなり何ですか?」
「平たく言えばスカウト、になるんですかね」
「それ公私混同じゃありません?」
「そうですかね?」
「そうですよ」
「でも、あなたほどの情報収集能力があれば僕たちはいいコンビになれる気がするんですよね。なまえさんもそう思いませんか?」
「確かにそうかもしれないですね。でもお断りします。私、安室さんとはこうして他愛もないお喋りが出来る関係でいたいから」

 確かに私は組織には存在を知られていないから、公安から潜入捜査をしている安室さんにとっては最小限のリスクで情報を手に入れられる、これ以上ない手を借りたい存在ではあるかもしれない。でも私はあくまで一般人としてコナン君に協力しているだけであって、それを生業としているわけではない。ゆえに安室さんの弱みにつけこんで脅すつもりもなければ、かといって協力するという立場にもならない。
 ただのポアロの常連とイケメン探偵の店員――私たちの関係はそれで十分。

「それもそうですね」
「私はイケメン店員に恋するただの一般人、ですから」

 「ね、」と悪戯な笑みを見せれば安室さんは「じゃあ僕はそんな常連さんに好意を寄せる一人の男、ですかね」と同じく悪戯な笑みを返す。ここでも同じような返しをしてくるとは……やっぱり安室さんは一枚上手だ。それにその言葉の真意を聞かなくてもわかってしまうから何だか照れくさい。
 緩む口元が安室さんに見えないように、隠すようにして私は再びカップを口に寄せた。


2016/05/26
title:箱庭

緋色の帰還後で、コナン同様に嘘つきと安室さんに言ってる夢主と、一般人だと思ってたのに情報屋だった事に気付いた安室さんが夢主にお互い様だと言うようなシーンがあるお話

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