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デイジー・サンライズ

 両親の都合で幼なじみの新一君の家に住み始めて数ヶ月は経っていた。
 てっきり一人だと思っていたから、沖矢昴さんという年上の男性が先に住んでいた衝撃は今でも忘れられない。最初の数週間は、見知らぬ人とひとつ屋根の下で暮らすという事がすぐに受け入れられずにいてしばらくは警戒心を抱いていたけど、昴さんの人柄もあってか意外にも慣れるのは早かった。

 同居という形で時間を共有していくうちに昴さんの事を知るようになって、それから好きになるのはごく自然な事だった。一緒に料理をしたり本の話をしたり……優しくて紳士で気が利く彼といるのはとても居心地が良い。
 でも、わたしと昴さんとは10歳も年が離れている。ましてやわたしは学生だ。どう頑張っても異性として見てもらえる事はない。けれど昴さんのわたしに対する言動は蘭ちゃんや園子ちゃんたちに向けるものとは少し違う気がして、でもそれを確かめる勇気はなくて、ただただ微かな期待だけを心に抱いていた。



「す、昴さんっ……?」
「何ですか?」
「えっと、その……」

 上を向いて顔を合わせる事が出来ず、俯いたまま腕の中にある本をぎゅっと抱く。背中には壁一面まである本棚が触れ、顔の横には昴さんの手が置かれているこの状況。少し高めのところにあった本をつま先立ちで取ろうとした時に、不意に後ろから手が伸びてきた。それが昴さんの手で、お礼を言おうと振り向けばそのままスッと顔の横に手が置かれて今のような状況が出来上がっていた。いわゆる、壁ドン。

(憧れてはいたけど……!)

 まさか自分がされる日が来るなんて思ってもいなくて不意打ちのそれに心臓は一気に高鳴る。離れて欲しい事を伝えたいけれど、言い方を間違えたら拒否してるようで誤解をされてしまうかもしれない。でも、ずっとこのままだとわたしの心臓がもたない。

(どうしよう……)

 ドキドキで正常に働かない思考で必死に考えた末に出した答えはストレートに目を見て言うという事だった。だってそれしか道がない。
 覚悟を決めてゆっくりと顔を上げて昴さんを見る。察しの良い昴さんなら目で訴えればわたしの言いたい事をわかってくれるはず。なんて甘えにも似た思いで口を動かす。

「近くて、その、恥ずかしい、です……。だから、その……」
「離れて欲しい、と?」

 真っ赤になっているであろう顔を見られるのは羞恥で耐えられないけど、ずっとこのままでいるよりはいい。コクコクと首を縦に振るも、昴さんは「それは聞けないお願いですね」と意地悪な笑みを浮かべてさらりと言った。

「なん、で……」
「なまえさんの恥じらった顔が見たいからですよ」
「っ……」

 その言葉にさらに熱が集中する。もうダメだ。恥ずかしすぎて泣きそうだ。

「好きな人には意地悪をしたくなる……男はそういうものなんです」

 覆われていた影が離れ、ポンと頭に重みがかかる。

「だが少々意地悪しすぎてしまったようだ」
「あ、いえ……」

 「すみません」と髪を撫でるように上下する大きな手のひらはとても優しい手つきをしていて、それだけでまた胸が高鳴る。こんな状況のせいか緊張でうまく頭が回らないけど……さっきの『好きな人』という言葉といい、今までの昴さんの言動といい、これはわたしがずっと望んでいた答えだと期待してもいいのだろうか。素直に受け取ってもいいのだろうか……。

「僕は以前からなまえさんの事を女性として見ていましたよ。もちろん蘭さんや園子さんにはない、特別な感情でね」
「!」

 たった今心の中で思っていた事を読んだかのように言われたそれに思わず目を見開いて昴さんを見る。得意げに口の端を上げるその何もかも見透かした顔に、ああ、わたしは彼のそういうところが何よりも好きなんだと強く思った。

「わ、わたしも、前から昴さんの事が好きで、ずっと見てましたっ」
「フッ……知ってましたよ」

 どこか楽しそうな顔をした後、赤く染まったままの頬に顔を寄せてきて小さく口づけを落とされる。不意打ちのそれに恥ずかしさでさらに赤くなるも、それ以上に嬉しさで顔が綻んだ。


2016/05/01
title:まばたき

・工藤邸に同居、恋人未満
・ドS気の沖矢さんに壁ドンという形で迫られ、あたふたする夢主。そんな夢主をからかって楽しむも、最終的に互いの想いが伝わって恋人になる

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