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恋の魔獣がやってくる

「早速で悪いがお前に仕事だ」
「断る」

 薄暗い部屋で液晶画面と睨み合っていればいきなりドアが開き、男は開口一番でそう言った。

「ここの会社のパソコンをハッキングしてデータをコピーしてくれ」
「人の話聞いてた?こっちだって忙しいんだよ」
「残念だがお前に拒否権はない。これは命令だ」
「チッ、」

 ホント毎回なんなの。厄介なモノばっか押し付けてきやがって。
 嫌味のように眼前に差し出された資料を奪い取って睨みつければ「急ぎだ。三日以内に頼む」と軽々口にする目の前の男に殺意が湧く。
 私は他の同僚たちとは少し変わっていて、主にパソコンを使って仕事をする事が多い。つまり基本外には出ない。周りは男ばかりで男嫌いな私にとってこうして一人で伸び伸びと出来るのは気楽でいいが、その分面倒くさい事も多い。こういう特殊な役職は私しかいないからなのか、こうして何かあるごとにこの男がやって来て今のように押し付けてくる。

「簡単に言わないでくれない?」
「お前の腕を見込んで言ってるんだ」
「何それ褒めてるつもり?頼めるのが私しかいないだけだろ」
「否定はしないが、実力を認めた上での発言だ。……頼んだぞ」

 ポン、と肩を叩かれて憎悪で体がぞわっとする。

「気安く触んじゃねーよ!死ね!!」



「チッ、思ったよりも時間かかった……」

 一日で終わらせてやろうと思ったのに何だかんだで手こずって結局三日目までかかってしまった。ともあれ情報は得られたし私の仕事はここまでだ。

「はぁ〜っ!終わったー!」

 コピーしたUSBを引き抜いて、勢いよくイスの背に体を預ければ「グッドタイミングだな」と背後から声がして眉間にシワが寄る。……全然グッドじゃねーよ。

「……はいよ」
「サンキュー」

 椅子を回転させてUSBを投げつけてやれば、彼は片手で容易く受け取った。その姿にいつも以上にイラッとするのは多分3日間まともに寝てないからに違いない。

「さすがは専門でやってるだけある。……これ、お礼な」

 「疲れた時には甘いものがいいって言うだろ」という声とともに職場近くのケーキ屋のロゴが入った箱が目に入るが、生憎寝不足やら疲労やらで今は気分じゃない。そもそも甘いものでご機嫌を取ろうとする、その見え見えな好意がムカつく。ま、遠慮なくもらうけど。

「後で食べるからそこに置いてとっとと出てって」

 そう言ってとりあえず寝ようと立ち上がった瞬間、ずっと座っていたせいでおぼつかない足によろけそうになって倒れそうになる。

(あ、ヤバ……)

 だが思考も体も思うように働かない。そう思って諦めかけるも、しかし体が床に投げ出される前に、前にいた彼に片腕で支えられて倒れる事は何とか逃れた……らしい。彼は片手に持っていたケーキの箱をテーブルに置いて両手で私の体に触れる。

「お前、もしかして寝てないのか?」
「だから寝かせろって言ってんの」

 それもこれも面倒な案件持ち込んできたアンタのせいだからな。わずかに残っている力で腕を振りほどいてソファーへと行こうとすれば、急に腕を引かれて体が反転する。ドサッという音とともに気付いた時には覆い被さるようにして彼が私の上にいた。

「……何の真似?気色悪い事すんな今すぐ離れろ」

 思いっきり睨みつけてやれば「いい加減その口調何とかしたらどうだ?」と言われるもそんな事は今は関係ない。

「アンタには関係ない」

 余計な労力使わせんなよと思いながらとりあえず顔面を殴ってやろうと腕を振ろうとしたが、それより先に彼にいとも簡単に手首をつかまれてしまった。だから気安く触んなよ。

「仮にも女だろ。今だって力じゃ俺には敵わない」
「疲れてるからだよ」

 「いいからその手を離せ」と振りほどこうとするもさらに力を入れてきて、刹那、いきなり顔が近付いてきたと思ったら唇に何かが触れた。いや、何かじゃなくて紛れもなく彼の唇だった。

「!?」

 は?コイツ今何した?何考えてんの意味わかんないんだけど。頭イカれてる。
 突然のそれに疲れも眠気も一気にぶっ飛んで覚醒した。

「いい加減俺の事見ろよ」

 真剣な眼差しで彼はそう言うが私の体はわなわなと震えるだけだ。

「……っざけんな!!見ねぇからマジ死ね!!」

 さっきまで力が入らなかったのが嘘のように火事場の馬鹿力で全力で突き飛ばし、強烈な平手打ちを食らわせてやれば乾いた音が綺麗に部屋に響いた。

「今度同じ事したら殺すから!!」

 そう吐き捨てて部屋を飛び出す。ホント、男なんてろくな生き物じゃない。あんな風に手を出す男なんて死ねばいい。心底そう思う。――だけど彼に触れられた場所に未だに消えない、これ以上ないくらいの熱を感じている自分に苛立つ。何度拭っても消えないそれに、信じたくない思いが頭をよぎる。

(まさかアイツの事――)

 そこまで考えて頭をぶんぶんと振る。……死んでもありえない。そう自分に言い聞かせるも、この思いに気付かないふりをし続けられるほど大人でもないし器用でもない。残念ながら人間上手くは出来ていないのだ。でも、絶対に認めてなんかやらない。

(心を捕らわれてしまっている自分がいるだなんて事は、絶対、)


2016/04/25
title:箱庭

・同僚or後輩。男勝りで口調が荒いけど仕事が出来る夢主
・仕事を無理矢理押し付けるも、しっかりとこなしてくれた夢主にお礼をする
・疲れていた夢主を押し倒して無理矢理キスをする

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