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わたしだけのエトワールになって

 珍しく零と休みが重なった貴重な日だというのに外は雨。厚い雲が空を覆い、雨が地面を叩きつける音が耳に響く。おまけにゴロゴロと不穏な音も聞こえてきて今にも雷が落ちそうで気分は憂鬱でしかない。
 昨日の晩、「久しぶりにデートでもしようか」と誘われて本当に楽しみにしていただけに残念でならない。普段あまり顔に出ない私が思わず顔に出てしまうくらいで、珍しく零にツッコまれたほどだ。

「ハァ……」
「さすがにこの天気じゃ外に出る気にはなれないよな」
「そうだね」

 隠しきれない思いは大きなため息となって部屋に漂う。リニューアルオープンした東都水族館行きたかったのに……。カーテンを開けた手をぎゅっと握ってそれを眺めていれば、さっきまでゴロゴロと小さく鳴っていた音が急に大きく鳴り出した。

「!」

 握った手にさらに力がこもる。――そういえばあの時もこんな天気だった。
 小さい頃、天気の悪い日の夜に迷子になった事がある。不安で今にも泣き出しそうになっていた時に雷が落ちてきてそれ以来トラウマになっていた。そのせいで今でもこんな天気の日はその時の事を思い出してしまう。でも、零には気付かれたくない。必死に、荒くなる息と震える身体を抑えようとした、その時。ピシッと眩しい光が部屋に突き刺さり、たまらず声を漏らして耳を塞いでしゃがみ込んだ。

「……どうした?」
「な、んでも、ない……」

 言葉ではそう言うも、正直な身体は小さく震えたままでなかなか止まってくれない。

「また強がって……。そんなに怖がらなくても、俺がいるから大丈夫だよ」

 頭に柔らかい重みがかかって、涙目になりながらゆっくりと顔を上げれば「な?」と優しい表情で私を見つめる零と目が合う。

「っ、零……」

 手を取られて立ち上がるとそのまま零の腕の中に収まる。その温もりに安堵した時、涙が頬を伝っている事に気付いた。ポンポンとリズム良く零の手が背中に触れる中でそっと涙を拭って顔を上げれば、ふと視線が交わる。直後、触れるだけのキスをされたかと思ったら「気分が落ち着くおまじないだよ」と頭を撫でながら零は悪戯っぽく笑った。こんな事されても気休めにもならない、そう思っていたはずなのに実際されると本当にそうなってしまうから困ったものだ。

「それにしても……雷、苦手だったんだな」
「その……それは忘れて」

 こんな情けない姿を見られるなんて恥ずかしい。今すぐにでも忘れて欲しい。目を逸らして言えば「なまえはいつも強がりすぎ」という言葉とともに額を小突かれた。

「ちょっとっ、痛い」
「なまえがそういう性格なのはわかってるけどさ、我慢しないでもっとさらけ出してよ」
「……そういう零はどうなのよ……」
「俺はわりと素直に出してる方だと思うけど?」
「…………」
「……自分の弱い部分を見られるのは恥ずかしい事かもしれないけど、別に悪い事じゃない」
「わかってる、けど……」

 零の言ってる事は十分わかる。私だって零が今の自分のように振る舞ったら距離を感じるし寂しい気持ちになる。でも自分の事になるとどうにも思うようには出来ない。

「まあなまえの苦手な事も知らなかった俺も俺だけど」
「でもそれって私たちにとってはあんまり良い事じゃない気がするけど……」

 「すぐに見抜かれちゃったらダメじゃない?」と言えば「仕事とプライベートは別だよ」と零は呟く。まあ、それもそうか。

「今日はずっとこんな天気みたいだし、何か気が紛れる事考えなきゃな」

 「キスの続きでもする?」と怪しい手つきで腰を抱いてくる零の手を払い除けて睨みつければ「そんなに怒るなよ。冗談だよ」とからかうように笑う。

「変態」
「酷い言い草だな」
「この状況でそんな気分じゃない事くらい察してよ。ていうか数分前の私の気持ち返して」

 せっかく柔らかい温もりに安心して優しい言葉にきゅんとしたのに人の気も知らないで。今は刺激よりも安らぎが欲しいの。

「悪かったって。……で、何する?」
「……一緒にご飯作りたい」

 ボソッと呟けば零は目を丸くしていて。それを見たら自分の言った事に何だか気恥ずかしさがこみ上げて来て思わずふいと顔を逸らす。絶対バカにされる……。笑いたきゃ笑えばいいよ、もう。
 けれどいつまで経ってもからかうような声は聞こえて来ず、変わりに「いいよ」と優しい声が降って来た。

「もうすぐお昼だしね。何作る?」
「え、」
「何?もしかしてバカにされると思った?」
「まあ……」
「ったく、お前俺の事何だと思ってるんだよ。そこまで意地悪じゃないよ」

 そんな事ないと思うけど……と思ったけど口には出さなかった。確かにからかわれたり意地悪されたりする事もなくはないけど、それ以上に優しい事を知ってるから。

「……そうだね」
「でも料理の前に――」

 そう言いかけたと思ったら再び腰に腕を回されて距離が縮まる。それから親指で唇をなぞられてそのままキスを落とされた。

「もう少しこのままでいたい」
「零……」

 外は変わらず叩きつけるような雨が降り、雷の低い音が鳴っている。でも、零がいればきっと雷も怖くない。零なら不安や恐怖心もかき消してくれる。だから――

「……私も、もうしばらくはこのままでいさせて欲しい」
「俺は最初からそのつもりだよ」

 そう言って微笑む零に、つられて頬が緩む。
 そのままどちらともなく三度目の口づけを交わした時には不思議と雨の音は気にならなくなっていた。


2016/04/18
title:鈴音

4万打「今宵、きみはぼくの夢を見る」の時と同じ夢主で、雷が苦手な夢主を降谷さんが優しく慰める

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