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ショートケーキ戦争

「何か最近買い出しの日数と量が増えた気がするのは気のせいですかね?」
「マスターが新作メニューの開発に凝ってるらしくて色々作ってるみたいですよ〜」

 安室さんは手に持った袋を見て呟く。

 夕日が街を染める頃、私と安室さんはマスターに頼まれて買い出しに来ていた。バイトが終わるまでまだ時間があるけど、戻ったらそのまま帰ってもいいって言ってたから実質勤務は終わったも同然だ。

「でもこうして安室さんと一緒に買い出しに行けるから私は嬉しいですけどね!」
「なんて言って、本当はサボれてラッキー、とか思ってるんじゃないですか?」
「ひどいっ!本当の事言っただけなのに!」
「冗談ですよ」

 そんな可愛い顔して言ったってダメなんだから!でも結局その顔を見たら何も言えなくなっちゃうんだけどね!

「今度安室さんも何か考案してみたらどうですか?"イケメン店員考案!"ってボードに書いて宣伝したら女の子は絶対頼むと思いますよ!」

 カッコイイだけじゃなく料理の腕前もちゃんとしてるってとこがポイントだよね!ていうかただただ私が食べたい!

「僕は大勢の人よりなまえさんに食べてもらえるのが一番嬉しいですけど」
「そんな事言って、ほんとは私の事太らせるつもりでしょ〜?」
「確かに接客より食事をしている姿を見る事の方が多いですよね」
「ちゃんと仕事もしてますよ!ていうかそこは否定して!」

 食べる事が好きだからってさすがに四六時中何かを口に入れてるわけじゃないから!安室さんの中で食いしん坊キャラになりつつあるのが何だか腑に落ちない。拗ねた顔で安室さんを見るも、ふと通りがかった洋食屋の前から漂ってきたいい匂いにその表情はあっという間にだらしない表情へと早変わりする。これはお肉に間違いない!足を止め、その匂いを吸い込んでごくりと唾を飲む。

「あーいい匂いー……」

 同時に匂いにつられてお腹が鳴る。でも夕飯の時間までまだあるしなぁ……。あ、どうせだったら今日の夜はたまには昴さんと一緒に外食っていうのもいいかも。帰る前に連絡してみようかな。もしOKだったら買い物は食べた帰りにすればいいし。

「なまえさん」
「ん?」
「この後何か予定ありますか?」
「この後ですか?食材買いにスーパーに行くくらいですかね?」
「でしたら今夜、僕と一緒に食事に行きませんか?」
「へっ!?」

 食事!?いきなりのそれに目を見開いて安室さんを見る。これはもしかしなくてもディナーのお誘い……!え、行きたい!というかこんなイケメンからのお誘いを断るなんて女としてどうなのって話だよね!
 本来なら即答同然の誘いだけど、ふと同居人である昴さんが頭に浮かんでそれは躊躇われた。安室さんと食事した後に何か買って帰るってなったら遅くなっちゃうだろうし、かといって「適当に食べて」なんて言いたくないし……。ああもう、私は一体どうすればいいの!?

「何か不都合な事でも?」
「い、いやっ――」
「やっぱりなまえさんでしたか」
「へ?」

 どう答えようか迷っていた矢先、不意にどこからか私の名を呼ぶ声がした。振り返ってみれば、安室さんとの間で悩みの種になっていた昴さんだった。

「昴さん!こんな所でどうしたんですか?」
「少し用があって外に出ていたんです」
「そうだったんですか」
「なまえさんは買い出し、ですか?」
「はい」

 昴さんはチラリと安室さんを見てから再び私に視線を戻す。

「……確か仕事は夕方まででしたよね?」
「そうですね」
「でしたら今日の夜は外食でもしませんか?」
「えっ、」

 「なまえさんが終わるまで外にいる予定ですから終わる頃に迎えに行きますよ」と言われたけど、今しがた安室さんにも誘われたばかりで戸惑い、またも頭を悩ませる。イケメン二人から誘われるとか私超モテモテじゃん!なんて内心興奮気味だけど、どちらか一人を選んだらもう一人の人に申し訳ないし……と脳内で葛藤が続く。何この究極の選択!選べるわけないじゃん!
 そうして悩んでいる間に安室さんが「僕が先に誘ったんですけど」と昴さんを睨んでいた。

「それでなまえさん、さっきの返事ですが」
「ああ、その、えっと……」

 未だ答えが決まらないまま言葉を探していると「もしかして彼に食事にでも誘われたんですか?」と昴さんは言う。

「そう、なんですけど……」
「僕からも誘いを受けて悩んでいる、と」
「わかってるなら引いてくれませんかね?」

 「なまえさんの手を煩わせないで下さい」と間髪入れずに安室さんの声が割って入ってくる。なんかさっきから安室さんが妙にケンカ腰な気がするのは気のせい?昴さんとは気が合わないのだろうか。相変わらず昴さんは何考えてるかわからない顔してるけど。とはいえ目の前にイケメン二人がいて、会話してるこの状況に少なからずテンションは上がる!

「出来る事ならそうしたいんですがね……冷蔵庫の中がほとんど空でしたので」
「自分で食材買って作ればいいんじゃないですか?」

 昴さんの言葉に安室さんがしかめっ面で再び昴さんを睨む。ほんと、いつもの爽やかな笑顔はどうしちゃったの!?その顔もカッコイイけどさ!

「自分で作るくらいなら外食にしますよ。まあ、彼女が作る料理はお店に引けを取らないくらい絶品ですけどね」
「やだもう昴さんってば褒めすぎ!」
「いえいえ」
「っ……!」
「さっき歩いていたら雰囲気のいいお店を見かけたのでそこに行ってみませんか?」
「へぇ〜、いいですね!マネ出来そうな料理あるかな〜」
「そんな初めて行く場所なんかより、僕のお気に入りのお店に行きましょう。なまえさんなら絶対気に入りますから」
「あーそれもいいなぁ!安室さんのお気に入りなら間違いなさそうですもんね!」

 ああそんな事言われたら余計に悩んじゃう!というかそもそもこの二人からどちらかを選べというのが酷な話だ。イケメンの誘いを断るだなんてそんな心が痛む事絶対に出来ないもん!……ん?いや、待てよ?どちらか一人を選ぶくらいなら三人で行けば良くない?そうすれば断らなくて済むし、イケメン二人に囲まれて食事が出来るしで良い事尽くしじゃん!何これその辺の執事喫茶行くより贅沢!行った事ないけど!何はともあれこれで丸く収まる!なんで今まで気付かなかったんだ!
 私を見る二人に目を合わせて「ひらめいちゃいました!」とポンと手を叩く。

「三人で行きましょう!」
「それだけは嫌です」
「即答!?」
「ええ」
「そんな事言わないで下さいよ〜。おすすめの居酒屋さんがあって、安室さんに食べて欲しい料理たくさんあるんですけど……それでもダメですか?」

 合わせた手の横からチラッと安室さんを見れば、安室さんはしばしの沈黙のあと諦めたように息を吐いた。あれ、即答したわりには意外とあっさりと折れた……?

「……仕方ありませんね。今回だけですよ」
「ありがとうございます!昴さんもそれでいいですか?」
「彼とここで意見が合うのは不本意ですがまあいいでしょう」
「じゃあこれで決まりですね!お二人のお店はまた今度って事で」

 何だかんだで万事解決した事だし、今日はパーッと飲んじゃおう!いい具合にお腹も空いてるからいつもより多く食べられそうだしね!そんな事を考えてたらまたお腹が鳴った。こうなったら早く戻って急いで支度しなくちゃ!
 よだれが出るのを抑えながら、食べたい料理を想像すればわくわくメーターは上昇するばかりだ。よっしゃ、今日はたらふく食べてやるぜ!

――そんな事を思う私の横で、二人が水面下で謎の攻防戦を繰り広げていた事は知る由もない。


2016/04/06
title:箱庭

・連載主で安室さんと昴さんに取り合いされる
・両方から食事に誘われ、究極の選択を迫られて悩む夢主

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