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そしてしばしの戯れを

「ぷは〜っ!やっぱ仕事終わりのビールは格別だね〜!」
「今日は珍しく早かったな」
「それがさ、上司の機嫌が妙に良くて早く上がらせてもらえたの。謎だよね」
「早く帰れたんだし、そこは素直に喜んでおけばいいんじゃないか?」
「それもそうだね〜。そんな日に誘ってくれてありがとね、零さん」

 彼女は笑みを見せて、運ばれて来た焼き鳥を頬張る。
 熱気で溢れた店内はサラリーマンや大学生のグループたちで賑わいを見せていた。そんな中、微かに聞こえる『奥さん』『彼女』などという単語が耳に入り、反射的に目の前の彼女に視線が行く。

(この関係もずいぶん長いよな……)

 彼女とは同じマンションに住む、言わばご近所さんだ。こうして時間が合えばよく飲みに行ったりする仲だが、付き合ってはいない。つまるところ、"友達以上恋人未満"。そんな今の関係を心地よく思っているのも確かだが、その先を望んでいる自分もいた。
 だが重大な問題が一つ。それは彼女はとてつもなく鈍感だという事。俺的にはわかりやすいアプローチをしてるつもりなのだが、彼女がそれに気付く気配が全くない。そして恐らくこのまま行けば多分この先もずっと気付かないままだ。

(こうなったらもう、酔ったふりして攻めに行くしかないのか……?)

 グラスに入ったウイスキーを眺めながら、らしくない事を考える。お酒に頼ってだとか、勢いで、なんてものの類はタブーだと思って考えないようにしていたが……これだけやって効果がないなら最終手段でこうする事もやむを得ない。鈍感すぎる彼女にも多少の非はあるんだし、ちょっとくらいからかったって悪くはないはずだ。
 酔う事はないがいつもより多めにアルコールを喉に流し込む。それからしばしの間彼女との食事を楽しむも、脳内は下心が詰まったプランを実行する事で埋め尽くされていた。



「気持ち悪くない?……はい、水。とりあえず飲んで休んで」
「ああ」

 あれからしばらくしてお店を出た俺たちは他愛ない会話をしながらマンションに帰った。なまえとは階は同じだが部屋は逆方向だったため、そこを何とか酔ったふりで自分の部屋に来るように言いくるめて今に至る。鈍感ゆえか、あっさりと事が運んだ事に喜んでいいのかわからなかった。相手が他の男だったら……と考えただけで気が気じゃない。
 ベッドに座り、受け取った水を適当に体内に流し込んで息を吐く。アルコールによって体温が少し上がってるが、意識も思考も正常だ。つまりはまったくもって酔ってなどいない。だが酔ったふりを演じるため、形だけは取り繕っておく。

「……零さんは酔ったら甘えるタイプだったんだね」
「なまえの前だけだよ」
「これはだいぶ酔ってらっしゃる」

 甘い声で囁くもなまえはからかうように笑うだけで。
 サイドテーブルにコップを置いて上目遣いでなまえを見つめれば、柔らかな笑みを浮かべて「何か他にして欲しい事はない?」と問いかけてくる。……今が、チャンスだ。それに答えるより先になまえの腕を引いて膝の上に座らせ、後ろから腰に腕を回す。……ここまで密着したのは初めてかもしれないな……。なまえの驚いた声をぼんやりと聞きながらその温もりに浸る。誰かに取られる前にこの温もりを早く独り占めしたい。
 女性特有のシャンプーの匂いに引き寄せられるように髪に顔を寄せてわざと熱っぽい吐息を漏らせば、今度は小さな悲鳴が部屋に響いた。

「ひゃっ、ちょ、零さん!?」
「こうさせて欲しい」
「わ、私は、して欲しい事って聞いたんだけどっ、」
「じゃあ……『今日は帰るな。朝までずっとここにいて欲しい』じゃだめ?」
「言い方変えたって――」
「だめ?」

 耳元で囁けばなまえは途端に口ごもる。閉じ込めた身体は心なしかさっきよりも熱を持っていて思わず口元が緩んでしまう。どうやら少しは効果があったらしい。
 ぼそぼそと何かを言ってる気がするが知らないふりをして、抱きしめた状態のままベッドへと引きずり込んでそのまま目を閉じる。

「零さんっ、」
「眠くなってきた」
「じゃあせめてこの腕を解いてから……」
「んー?それは出来ないなー……」

 困ったように抗議するなまえに有無を言わさず「おやすみ」と声を掛ければ、これ以上言ってもどうにもならないと察したのか、なまえはそれ以上は何も言わずに諦めたように小さく息を吐いた。

 それからどのくらい経ったか――なまえから小さな寝息が聞こえてきたのを確認して、閉じていた目を開ける。酔ったふりをしながら寝たふりするのも結構大変だな……。短く息を吐いて、そっとなまえの指に自身の指を絡める。それにしても……

(少しも疑わないってのもどうなんだ……)

 まあ俺からすればフリとはいえ、こうしてなまえに触れる事が出来るのは願ってもない事だが、逆に言えばこういう状況になってるという事は俺が酔ったふりをしてる事に気付いてない――すなわち俺の気持ちにも気付かないという事でもある。複雑としか言いようがない。

(これは時間が掛かりそうだな……)

 そんな事を思いながら眠りについた。



「え?」
「だから、体調は何ともないよ。昨日のあれは酔ったふりしてただけだから」

 翌朝、目を覚ましたなまえに挨拶をして昨日の真相をさらりと言ってのければなまえは目を丸くしていた。ここまで言ってもその反応って……ほんと、どこまで鈍感なんだよ。

「そ、そうだったんだ……。でも、なんでそんな事……」
「なまえがいつまで経っても俺のアプローチに気付いてくれないから大胆に迫ってみただけだけど?」

 そう言うもなまえはピンときてないといった表情をしている。それに深いため息が出るが、不思議ともうしばらくはこのままの関係でもいいかな、なんて思ってしまった。もしかしたら内心では、今のこの心地よい関係を変えたくないという気持ちが思ってる以上に大きいのかもしれない。

「そんな顔していられるのも今のうちだからな」

 くしゃりと寝癖に触れてそっと呟く。もうしばらくはこのままでいてあげてもいい。でもいずれ好きにさせるから。俺の事しか考えられなくなるくらいに、ね。

(だからその時は覚悟しておけよ)


2016/04/01
title:確かに恋だった

・友達以上恋人未満
・酔ったふりをした降谷さんに積極的に迫られ翻弄される鈍感夢主

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