Detective Main

天秤は傾いた

※短編「その顔は、」の続編


 組織に目をつけられながらも何とか生活していたとある日。息抜きにデパートで買い物でもしようかと米花百貨店を訪れたら、私がいたフロアで爆発事件が起こった。ただ、その時ちょうど買い物を済ませてトイレに行っていたからそれに気付くのが遅かった。事の詳細を知った時にはもう事件は解決したようで、混雑しながらもお店からは出られるようになっていた。

(こんなデパートで組織が何かをやらかすとは考えにくいけど……念には念を入れておいた方がいいよね)

 そう思い、辺りを警戒しながら人混みに紛れてその階を降りる。このままのこのこと正面から出たら、組織の仕業だった場合すぐに標的にされかねない。一応、お店を出る前に中から様子を見ておこう。人混みをかき分けながら、デパート内の窓からそーっと外の様子を見た。

(あの車……!)

 向かいの道路に見覚えのある車――あれは確かジンの車だ。という事は他のメンバー――バーボンもいるのだろうか。私の正体がバーボンにバレてからは安室さんとしてポアロでしか会ってないけど……今の今まで何も起こらなかった事を考えると、組織には私の居場所は言ってない……?だとしたら理由がわからない。手柄を独り占めしようとして他のメンバーには黙っているとか……?私の事を知ったのもジンたちよりも遅かったりして、別行動しているようにも見えるし……。
 そんな事を思いながらふと向かいの建物に目をやった時。黒い服を纏い、明らかに銃と思われるそれを手にしている派手な女と目が合った。あれは恐らく組織のメンバーだ。

(まずい、見つかった……!)

 慌てて身を隠し、すぐにその場を立ち去って階段を下りようとした。けれど後ろから急に誰かに腕をつかまれて引き止められる。まさか組織の仲間……?心臓をバクバクさせながら恐る恐る振り返って見るとそこには、キャップを被った頬に火傷の跡がある男の人がいた。

(誰……?)

「え、あ、あの……」
「…………」
「……私、に何か用、ですか?」

 人が行き交う中で私たちだけがそこに立ち止まっている。……早く、ここから逃げたいんだけど……目の前の男の人は腕をつかんだまま離してくれないし、何も言わない。

「あの……」
「こっちです」

 急に口を開いたかと思えば、男の人は私の腕を引いてそのまま出て行こうとする人たちとは逆の道を歩いていく。……え、ていうかこの声――。名前を言おうとするが、それより先に彼の手が口元へと伸びてきて制止される。

「事情は後で説明しますから、今は僕について来て下さい」

 そう言って先を歩く彼の後ろ姿を見つめるが、何が何だかわからなくて頭が混乱する。これは一体どういう状況?なんでそんな格好をしてるの?私を油断させるため?でもどうしてか、この腕を振り払って逃げ出す事が出来ない。

 そのまま彼に連れて行かれるがままに、人混みの少ない所にやって来てしまった。

「……これは一体どういう事なの?大体その格好は何?」
「それについて詳しく話す事は出来ません。ただ、捕らえに来たわけではないのでご安心を」
「その顔で言われても信用出来ない」

 警戒しながら彼を睨みつければ「それもそうですね」と眉を下げて笑った、気がした。とはいえその言葉を100%信じていないわけじゃない。そう思ってしまうのは安室さんとしての彼を、あの笑顔を否定出来ない自分がいるからかもしれない。

「それより見たでしょう、デパートの向かいにポルシェが止まっていたのを」
「その前に、あなたのその行動について説明してよ」

 筋の通っていないこの状況にまったくもって理解出来ないでいた。変装についてはいいとして、バーボンとして私を捕らえずむしろ助けるような事をしたそれについての真意を知りたい。

「僕は、あなたの事を組織に言うつもりはありませんよ」
「だからどうして?安室さんとしての良心?」
「それは違います。……守りたい、が正しいかもしれません」

 守りたい?私を組織から?私の正体を知りながら組織に言わず、手もかけなかったのはその思いがあったからだとでも言うの?だからその理由は何?あなたは組織の一員なんじゃないの?なのにどうして正反対の事をするの?支離滅裂な言動をくり返す彼についていけない。

「……意味がわかりません」
「そのままの意味ですよ。でも、それだけじゃありません。僕個人の特別な感情も含めて、なまえさんを危険な目には遭わせたくないんです」

 私の手を取って、他人の顔なのに真剣な眼差しで言った彼に不覚にもときめいて、胸がざわつく。

「何、それ……」
「一人の男として、あなたを守らせて下さい」
「…………」

 そんな風に言われて拒否するほど、彼の事を信じられないわけじゃない。本当は、信じたいと心のどこかでずっと思っていた。初めて会った時のあの笑顔は嘘なんかじゃないんだって。

「……もし組織にバレたらどうするんですか。殺されるかも、しれないんですよ」
「僕は守るべき人を残してそう簡単に死ぬような人間じゃないですよ」

 まるでそんな事にはならないとでも言うような自信のある言い方。根拠なんてないくせに、その自信に満ちた発言は不安定に揺れる私の心を捕らえる。――彼なら、彼になら心を開いてもいい、全てを委ねてみてもいい、と思った。
 手を握ったまま人混みの中へと行こうとする彼を引き止めるそれが、私の答え。……これがいわゆる恋、というものなのだろうか。

「ねぇ、」

 振り向いた彼の顔は他人の変装をしていて、素顔は見えない。
 私に言った言葉が嘘じゃないのなら、素顔でもう一度それを聞かせて証明させて欲しい。そうしたら私は迷う事なく自分の気持ちに素直になれる。

「ここから逃げ出せたらさっきの言葉、もう一度聞かせてくれる?他人の変装じゃなく本来の姿で、安室さんの口から」

 真っ直ぐ見つめて言えば、彼は口元を緩めて手に力を込める。

「最初から、そのつもりですよ」

――そう言った彼が仮面の下で優しく微笑んだ気がしたのは、果たして気のせいだろうか。

(その答えは、もうすぐ証明される)


2016/03/11
title:箱庭

・短編「その顔は、」の続編
・米花百貨店で買い物中の夢主がデパート爆弾事件に巻き込まれてしまい、組織のメンバーに見つかるが偽赤井(安室)の助けによって何とか切り抜けて両思いになる話

back
- ナノ -