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指先から君へ

「ねえ、そこのキミ〜」
「!」

 夕飯にカレーを作ったけれど、肝心の福神漬けを買い忘れてしまった私は近くのコンビニまでそれを買いに来ていた。それからしばらく見て回って無事に目当ての物も手に入れ、ご飯が冷めないうちに早く家に帰ろうとコンビニを出た時。急に声を掛けられた。
 声のする方に目をやれば、私と同世代かそれより少し若いくらいの男の人数人がコンビニ前の駐車場で集団になっていて、その視線が全て私に集まっていた。

(どうしよう……変な人たちに絡まれた……)

 自分が目立つ事が苦手なせいか、ああいう人たちを見ると拒否反応で反射的に体が強張る。無視して今すぐにでも家に帰りたいけど、生憎帰るにはその人たちの前を通らなくてはならない。こういう人たちの対処法がわからない私は、ただその場に立ち尽くす事しか出来ないでいた。

「一人〜?俺らとちょっと話していかねー?」
「てかキミ、近くで見ると結構可愛いね〜」

 そうこうしているうちにあっという間に囲まれてしまって足が竦んで声も出ず動けない。この状況にどうする事も出来ず、ただ怯えている事を悟られないようにとコンビニの袋にぎゅっと力を入れる。でも、どうにかここから立ち去る方法をと頭の中で必死に模索していた、そんな時。不意にどこからかこちらに話しかける声が聞こえた。

「俺の連れに何か用か?」
「……あ?アンタ誰?何、この子の知り合い?」
「そうだが。……で、一体何の用かな?」

 恐怖ですぐにはわからなかったけど、"連れ"と言う言葉を聞いて恐る恐る声のする方へと視線を移せば、二言目を発したところでようやくその姿が、声の主が彼だと気付いた。

(赤井さん……!)

 その姿を見た瞬間、安堵して袋を強く握っていた力が緩む。でも同時に、どうして赤井さんがこんなところにいるのかという疑問が浮かぶ。会える日はいつも連絡を入れてくれるのに……。仕事でたまたまこの辺を通りがかったのだろうか。

「こんな時間に一人で出歩いていた彼女にも非はあるが、ここはこのまま解放してやってくれないか」

 そんな事を頭の隅で考えていれば、赤井さんは私の隣にいる男の人にそう告げる。こんな時間って言ってもまだ20時過ぎなんだけど……赤井さんって私の事一体どういう風に思ってるのだろう。仕事の時は普通に22時とか23時に帰宅する事もあるのに……。心配してくれているのか子供に見られているのか。複雑な気持ちで赤井さんを見ていると、男の人は「え〜どうしよっかな〜」とからかうようにそう言って私の肩を抱いてきた。

(ひっ!)

 あまりにも突然のそれに驚いて、嫌なのに「離して」と言えず声が出ない。知らない人に触れられる嫌悪感に耐えられず、助けを求めるように赤井さんの方を見れば、赤井さんは鋭い目つきで男の人を睨んだ。一瞬で相手を怯ませるそれは、今までに見た事がないくらい怖くて思わず背筋が寒くなった。

「!っ、わ、わかったよ!別にちょっと声掛けただけだっつーの!そんなに怒るなって!……おい、行くぞ!」

 意地悪そうな笑みを浮かべながら言っていた男の人だったが、赤井さんのそれを見た瞬間冷や汗をかきながら仲間の人と共にそそくさと逃げていってしまった。正直、赤井さんの事を知ってる私ですら逃げたいと思ったくらい怖かった。
 赤井さんはその姿を見送った後、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。

「……今日は、仕事は休みだったのか?」
「はい。……あの、ありがとうございましたっ」

 頭を下げてお礼を言えば、赤井さんは呆れたように聞こえるか聞こえないかくらいの小さなため息を吐く。

「家が近くなのはわかるが、こんな時間に一人で出歩くのは感心せんな」
「すみません……。でもまだ20時前でしたし……」
「そういう問題じゃない。この辺は人通りが少ない事はお前もわかってるだろう」
「はい……すみません……」
「……あまり、心配させないでくれ」

 わりと本気で怒られて沈んでいると不意に腕をつかまれて、赤井さんはそのまま私が来た道を進んでいく。

「家まで送っていく」

 それから、手首をつかんでいた手が包み込むようにして握られる。その手はとても冷たくて、長い間外にいた事を伝えていた。
 それに気付いたから、というわけじゃないけど……何だかこのまま別れるのは名残惜しい気がした。もう少し、一緒にいたい。そんな気持ちが湧き上がってくる。

「あ、あの、赤井さんっ」
「何だ?」
「この後、時間ありますか?」
「……少しだけなら、ある」
「じゃあ、もし良かったらご飯、食べていきませんか?カレーなんですけど、結構残ってて……。それに体も冷えてますし……」

 カレーが残っているのは事実だけど、本当はただ一緒にいたいというのが本音。赤井さんとは頻繁に会えるわけじゃないから、だからこそ会えた時はその"少し"の時間でもいいから出来るだけ長く一緒にいたい。

「……頼むから、あまり易々とそういった発言はしないでくれ」
「え?」
「そんな事を言われたら、帰れなくなるだろう?」

 忙しいとわかっているのに引き止めるような事を言って困らせてしまったかと思えば、そんな私の思いとは裏腹に赤井さんは繋いだ手に小さく力を込めた、気がした。……これは少なからず私といたい、って思ってくれてるって事、なのかな……。赤井さんはそういう事はストレートに言う人じゃないから、私はいつも期待してしまう。

 それが気のせいではない事を願い、今日だけのわがままだと言い聞かせて、繋いだ手から溢れる想いを伝えるようにぎゅっと力を込めて私の心からの気持ちを伝えた。

「帰らないで」

(少しでもあなたと一緒にいたいから)


2016/02/29
title:箱庭

・恋人設定
・一人で町を歩いていた夢主がナンパに絡まれているところを赤井さんが助ける

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