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無条件幸福

※子供の名前が固定で出てきます


「翔太〜!ママこれからご飯の支度で忙しいから今のうちにパパとお風呂に入っちゃって!」
「わかったー!」

 食器を洗いながらカウンター越しから息子の翔太にそう声をかければ、遊んでいたおもちゃを置きっぱなしにしたまま「パパー!おふろはいろー!」とパタパタと、ちょうどソファーから立ち上がった零君の足元にしがみついた。おもちゃ片付けてから行きなさいよ、もう……と内心思うも、零君にべったりな翔太を見たら何だか微笑ましくなってしまって、結局口には出さなかった。

「じゃあ今から入ってくる」
「うん、よろしくね」

 二人が出て行った後、カチャカチャと食器の当たる音と水が流れる音を聞きながら一人で洗い物をしていて、ふと思う。平穏な毎日なのにすごく充実してるなぁ、と。

 公安の仕事に就いた若かりし頃は、何もかもが初めてでその目まぐるしい毎日に恋愛などする余裕など全くなかった。ただ早く一人前になりたくて、周りから認められたくてひたすらがむしゃらに、全てを仕事に捧げていた。今思えばそれはそれでとても充実した毎日だった。そのおかげで長年追っていた国際的犯罪組織にケリをつけるという結果を収める事が出来たし。
 この事件の解決は私にとって、とても大きな転機だった。当時上司だった零君に初めてしっかりと言葉で「よくやったな」と言われた時は、ようやく認められたのだと感じる事が出来て心の中でこれ以上ないくらい歓喜した事は今でも忘れられない。
 それをきっかけにそこで初めて心にも余裕が出来てきて零君に褒められる事も多くなり、徐々に零君に対する気持ちも尊敬から恋心へと変わっていった。

 それから月日を重ねてどんどんと距離が縮まるようになり、忙しいながらも交際を続けてきた私たちは数年後結婚という形で家庭を築くまでに至った。子供が出来た事を機に私は仕事を退職をして専業主婦をしているけど、零君は今も変わらずに公安の仕事を続けている。忙しい事に変わりはないけれど、翔太が生まれてからは早く帰って来てくれる事が増えた。
 正直、このような世間一般に言われる"家庭"というありふれた毎日を送っている自分が今でも信じられない。ずっと仕事一筋で、恋愛も結婚も自分には遠い存在だと思ってたしそんな気も全くなかったし。まさか職場恋愛の末に結婚までするなんて、本当に人生何があるかわからないものだ。

 洗い物を終え夕飯の準備をしている間、取り込んだバスタオルを洗面所に置きにいくついでに浴室にいる二人に声を掛けに行く。中から聞こえる二人の楽しそうな話し声に笑みをこぼしながらコンコン、とノックしてから扉を開ければ二人はお湯につかりながら手で作った水鉄砲で無邪気に遊んでいた。

「どうした?」
「バスタオルしまうついでに様子見に来てみたの。……楽しそうだね」

 ふふっ、と笑って零君を見れば零君は肯定を意味するように笑みを見せる。

「ママー、きょうのよるごはんなにー?」
「んー?今日はカレーだよ」
「えー、ぼくにんじんきらい……」
「もう、好き嫌いはダメよ。ちゃんと食べなきゃパパみたいにはなれないよ」

 そう言えば翔太は眉を下げながらチラリと零君を見る。「パパが付き合ってやるから、今日は頑張って食べてみような」と零君が頭をポンポンとなでれば翔太は浮かない顔をしながらも「うん……」と頷く。日頃から「パパみたいになりたい」と言っている翔太にとって零君の言葉は何よりも効果があるらしい。
 そんな二人の仲の良さに見ていていつも心が温まるけれど、どうやら私よりも零君に懐いているみたいで時々ちょっとだけ寂しくなる。でもそんな二人の姿を見ていると幸せな気分になれるから、これはこれで悪くないのかもしれない。

「まだ煮込むのに時間かかりそうだから出来上がった頃にまた呼びに来るね」
「じゃあまだおふろであそんでるー!」
「翔太、パパもうのぼせそうなんだけど……」
「そんな事言わないで付き合ってあげて。私よりも零君と遊びたくてしょうがないみたいだから」
「もしかして俺がいない時はなまえが毎日付き合ってるのか?」
「そうだよ〜。リラックスタイムのはずなのに一番疲れて大変なんだから」

 苦笑いで言えば零君も「それは大変だな……」と苦笑いを見せる。

「出来れば俺がのぼせる前に呼びに来て欲しいんだけど……」
「ふふっ、わかった。……翔太、パパと遊びたいのはわかるけど、ほどほどにしてあげてね」
「はーい」

 なんて言ってる矢先から水鉄砲を零君の顔に浴びせるとは……さすが親子。わかっててやってるなら、意地悪なところは零君にそっくりだ。
 笑いを堪えきれずに思わず吹き出せば、ジトッとした顔でこちらを見る零君と目が合ってしまい、逸らすようにして扉を閉めてリビングへと戻った。

 出てきた時が恐ろしいなーなんて思いつつも似た者親子にしばらくの間、頬は緩みっぱなしだった。


2016/02/23
title:箱庭

・元公安の部下で結婚後に退職
・組織のことが全て終ったあと、結婚して子どもが出来る
・息子と零くんが一緒にお風呂に入ってる

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