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スカーレットの魔法

「なまえ、後で話があるから仕事が終わったら休憩室まで来て」

 そう言われたのは今から一時間ほど前。感情の読めない表情ながらもいつもより低い声に、何か怒っているのだという事を察した。確かに、朝から機嫌が良くない気はしていた。挨拶や報告をしにデスクに行った時もそっけない返事だったし……。
 何か怒らせる事でもしたかな……とぐるぐると考えながら言われた通り休憩スペースに行けば、ベンチに座りもせずに壁を背に腕を組んで立っている降谷さんがいた。

「お待たせしてすみません。お話というのは仕事の事ですか?」
「違う。……俺に何か隠してる事ない?」
「へ?」

 いきなりのそれに間抜けな声を出してしまった。急にそんな事を言われても、降谷さんを怒らせる事をしたという原因らしきものが思い当たらない。でも、私を見つめる降谷さんの目つきはどこか怒りを孕んでいるように見えて。

「後ろめたい事とかは特にない、と思いますけど……」
「へぇ〜。赤井と付き合ってた事はなまえにとって後ろめたい事じゃないんだ」

 正直に言えば、冷ややかな視線を向けながらこちらへと近付いてくる。初めて見るその顔にたじろぎ、後ずさりをすれば足をベンチにぶつけてしまって、そのまま座るように尻餅をついた。

――発端は二年前の潜入捜査。降谷さんと一緒に組織に潜入していた私はそこで出会ったライ、もといFBIである赤井さんと恋人関係にあった。といっても降谷さんとは別行動が多かったから、組織内で会う事はあまりなかったのだけど。
 お互いの正体には早い段階で気付いていたが、持ちつ持たれつの関係で組織に黙っている代わりに得た情報を交換するためによく会っていた。でもやっぱりこの仕事をしている以上そう上手くはいかなくて。結局赤井さんとは長く続かなかったけれど、それでも彼の事は本気で好きだった。
 二年前とはいえ、降谷さんが赤井さんの事を嫌いだと知ってたから言わずにいたけど、やっぱり話しておいた方が良かったのかな……。

「今思えば浅はかで軽率な行動でした。すみません……」

 これが降谷さんが怒っていた原因かと気付いた時にはもう後戻り出来ないところまで来てしまっていた。肩を軽く押されて上半身を倒され、その上から降谷さんが覆い被さってくる。

「なまえが手に入れた情報は全部赤井から得たものだったって事か。……どうだった?俺がいないところで赤井と密会してた気分は」

 こうなった降谷さんを止める術を私は知らないし、きっと何を言っても余計に煽るだけで逆効果にしかならない。そして降谷さんもそれに対する答えなんて多分求めていない。

「俺の前で見せる顔を赤井にも見せてたと思うだけで腹立たしいな。相手が赤井だからなおさら不愉快だ」
「!んっ、ふ、降谷さ、待っ、……っ!」

 いつもの甘くてとろけるようなキスとは明らかに違う、本能のままに感情をむき出しにしたようなキス。強引に唇を塞がれてどうしたらいいかわからなくて戸惑っていれば、不意に降谷さんの手が腰をなぞるようにしてシャツから素肌へと触れる。思わずビクリとして降谷さんの肩にぎゅっと力を入れれば、ぴたりと動きを止めて至近距離で見つめられる。視界に入る降谷さんの顔と艶めいた唇に、頬が紅潮して呼吸が荒くなっていくのがわかった。

「零。二人の時はそうだろ」
「零、君っ……」
「……なまえのその顔は俺にしか見せてないものだと思ってたけど……赤井にも見せてたんだ?」
「み、見せてないよ……」
「だとしても妬けるけど」

 近付いてくる顔に反射的にぎゅっと目をつぶれば今度は首筋にキスが落とされた。吐息と小さいリップ音を立てながら柔らかく吸い付くようにするそれに、羞恥で涙が出そうになる。しかもここは職場。時間的にほとんどの人は帰っていたり出ていたりで人通りは少ないけど、いつ誰が来るかわからない。
 今にも破裂しそうな頭でどうにかなりそうになりながらも、わずかに残る思考でさっきよりも強く肩を押し返して抵抗する。

「やっ……!れ、零君っ、ここ職場、」
「……やめて欲しい?」

 零君の言葉にコクコクと必死に首を縦に振れば、不服そうな顔ながらも「しょうがないな」と仕方なしといったように息を吐いて、そのまま腕を引かれて立ち上がらされる。

「本当は印付けなきゃ気が済まないけど、今はなまえのその涙目に免じてここまでにしておいてあげる」
「い、今は……?」

 その言葉に冷や汗をかく。恐る恐る零君を見れば、わかりやすいくらいに何かを企んでいるような笑みを浮かべていて。その何かがわかってしまう自分のいやらしい思考が恥ずかしくてたまらない。
 こうなったらもう逃げられないのがわかるから、手立てを考える事すら無意味なものになってしまう。

「明日、休みだろ?」
「そ、そうだけど……」
「今日は帰さないから」
「えっと、それって……」
「このまま俺の家に行くけど、何か言いたい事でもあるかい?」

 その笑顔はどう見ても有無を言わさない空気を纏っていて。そんな風に聞かれても、最初から私に拒否権なんてないのだ。

「……ない、です……」
「寝かさないから、そのつもりで」

 そう言って最後に落とされたキスは、まるで媚薬のようだった。

(どうあがいても、彼からは逃れられない)


2016/02/16
元彼が赤井さんという設定で、そのことを降谷さんが知ってしまい嫉妬する話

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