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チョコレートコスモスの花が散る

 今思えば彼との出会いは偶然でも運命でもなくあらかじめ決められたものだった。


「そういえばこの前赤井さんの格好した人がいたじゃないですか。あれが例の組織のメンバーの変装なんですよね?」
「間違いなくそうだろうな」
「確かコードネームはバーボン、でしたっけ?」
「ああ。……このままだとここにやって来るのも時間の問題だな……。そのうちお前に近付いて探りを入れてくるかもしれないから気を付けろ」
「大丈夫、何があっても赤井さんの秘密は守ります。私だって危険な立場ですし」
「念のためしばらくはここに来るのも控えておいた方がいい。これ以上お前を危険な目に遭わせるわけにはいかないんでね」
「今さらじゃないですか?」

 この世界にトリップしてきた私の生活と安全の保障をするその見返りとして、私は赤井さんに協力するという条件で色々面倒を見てもらっていた。つまり言ってしまえば、私がこの世界に来た時点で常に毎日が危険な事に変わりはないのだ。
 目の前に立つ、沖矢昴の格好をしている赤井さんに笑ってそう言えば、こうなる事を予測してあらかじめ用意してあったのか、「何かあったらすぐに連絡しろ」とスマホとホテルの住所が書かれた紙を手渡される。

「安全が確認出来たら連絡する」
「はい。……気を付けて」

――彼に出会ったのは、そうして赤井さんに別れを告げた後すぐだった。
 その時は落とし物を拾ってもらってお礼の言葉を交わしただけだったけど、それから何日か過ぎた日に再び彼と出会った。

「あ、あの時の……」
「どうも」
「その節はありがとうございました」
「……あの」
「?」

 改めてお礼を言えば、少しの間の後「良ければ今からお茶でもどうですか」とあからさまな誘いを受けて戸惑う。それもこれもついさっき赤井さんから、"金髪で色黒の男には気を付けろ"というメールが来たから。そして目の前の彼は赤井さんが言っていた人物に当てはまる。
 もし出会った事が偶然ではなかったら、赤井さんの言う通り探りを入れるために私に近付いてきたのだとしたら――そう思っていたはずなのに、なぜだか断る事が出来なくて気付けば「いいですよ」と返事をしていた。

 それから彼の事を好きになるのに時間はかからなかった。本当に恋とは不思議なものだ。危惧していた赤井さんの事を聞いてくるような事もなかったし、こうして普通に話すくらいならば平気だろう。少しばかり赤井さんに後ろめたい気持ちが生まれたけれど、好きになってしまったこの恋心に蓋をして接する事は出来なかった。

 もっと降谷さんの事が知りたい、もっと一緒にいたい、そう思えば思うほど「ああ、どうしようもないくらいに降谷さんの事が好きだ」と今までに感じた事のない思いに気付かされ、胸が溢れてキュッと締め付けられる。でも同時に知れば知るほど、赤井さんが言っていた事が現実となっていく事にも気付かされた。

"彼とはどういった関係なんですか?"
"あの家に住んでいる男性は何者なんですか?"
"彼とはどこで出会ったんですか?"

 案の定そんな事ばかり聞いてくるようになって。でも赤井さんの事は何があっても守り通さなきゃいけない。その思いはこの世界に来てからずっと変わらない。変わらないのに……私のくだらない恋心が邪魔をする。いいように使われているだけの都合のいい存在だとわかっていても、私に向ける顔が全て偽りだったとしても、それでも降谷さんのそばにいたいと願ってしまう。それほど降谷さんの事を好きになってしまった。
 赤井さんの秘密を言ったとしても、私自身を見てくれる事はないと頭ではわかっている。でも――もしも言ったら彼はこの先も私を必要としてくれるだろうか……なんて愚かな考えがよぎる。……いや、そんな事は絶対にダメだ。このままでは赤井さんを裏切る事になってしまう。そんな自分は絶対に許せない。そのためにもけじめとしてこの想いを降谷さんに伝えなければならない。
 私は意を決して降谷さんに想いを伝える事にした。 



「すみません。あなたの気持ちには応えられません」

 その言葉からは感情を感じる事は出来なくて、ただただ利用されていた現実を突きつけられるだけだった。でもその事実をはっきりと理解しても、それでも降谷さんの事を嫌いになれない自分がいた。

「……そう、ですよね……変な事言ってごめんなさい……」
「……なぜ悲しむんですか」
「え?」
「あなたは、僕があなたを利用して沖矢昴の情報を得ようとしていた事に気付いていた。普通怒るんじゃないんですか?」
「……そう出来たら良かったのに、って自分でも思います。でも好きな気持ちに嘘はつけません……」

 こんなにも苦しくて悲しくて傷付いても涙は出て来なくて。俯く事しか出来ない。

「誘いに乗ってきた時は簡単だと思ったんですけどねぇ……。恋心を利用してもあの男の事になるとなかなか口を割らなかった。そこに恋愛感情はないのにそこまでして守ろうとする理由はなんです?」
「…………」

 あるとすれば恩だ。赤井さんがいなければ私はこの世界でどうなっていたかわからない。
 言葉に出来ずに黙っていれば「まあ重要なのはそこじゃないんで気にしてませんけど」と冷めた答えが返ってくる。

「ただ――あの男の情報を提供してくれるなら、僕はいつでもあなたの想いに応えますよ」

 それだけ言い残して降谷さんは去っていった。
 私の気持ちに応える気など少しもないのに、それをわかっていながらも微かに期待してしまう自分が嫌になる。

 報われない恋はまるで花のようだ。楽しい日々の中で花を咲かせ、結果を知り枯れていく。
 偽りの中で咲いた花は、ただ枯れ行く日々を受け入れるしか選ぶ道はなかった。


2016/01/10

・トリップ主
・昴さんの正体を知っていて昴さんと仲良しのヒロインが、利用目的で近づいてきた降谷さんを好きになるもフラれる悲恋

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