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Future Lover

「いらっしゃいませ」
「いつものお願いします」
「かしこまりました」

 ポアロにやって来た彼女は足を踏み入れるなり開口一番にそう言っていつもと同じように窓際の席に座る。
 ひざ上丈のスカートに、着崩さずにきっちりと留められたYシャツとブレザー。彼女の大人びた容姿には少し不釣り合いに見えた。

 彼女との出会いはとある事件現場で、彼女が犯人に人質にされていたところを助けたのが始まりだった。人質になどされたら普通の人は恐怖に怯えたりするのに、当事者の彼女は「助けてくれてありがとうございました」と丁寧に頭を下げて冷静にお礼を言うものだから、怖くなかったのだろうかと不思議に思ったのと同時に興味が湧いたのをよく覚えている。
 そんな事件から数日経ったある日、彼女はこのポアロに急に現れた。それが偶然か必然かは未だにわからないが、それから彼女は放課後にこうして通うようになった。部活はやってないのかと聞いたら「興味ない」と無表情で返されたが、その後に「だからここに来るのが唯一の楽しみなの」と少しだけ顔を綻ばせながら言った彼女を見て、純粋に彼女の事が知りたいと思うようになった。

 出来たてのココアを持って彼女の元へ行くと、頬杖を付きながら外の景色を眺めていた。その姿はやはり中学生にしては大人びているが、絵になるほどに美しい。

「お待たせしました」
「ありがとうございます」

 だがクールな顔に似合わずココアが好きだという年相応らしい一面もある。湯気の立ったそれを両手で持って冷ます姿は見てて微笑ましい。
 そんな姿を見ていた事に気付いたらしい彼女は口を付けようとしたところで動きを止め、苦い顔をしてこちらを見る。

「……あの、そんなに見られると落ち着かないんですけど」
「いや、可愛らしいなーと思ってつい」

 本心をそのまま言えば彼女は「か、可愛いとか意味わかんないんだけど!」と取り乱しながら顔を思いっきり逸らす。犯人に人質に取られても取り乱さなかった彼女が、なんて事ない僕の一言でこんな顔をするとは……。
 気付かれないように小さく微笑んだ後、いつものように話題を振る。

「学校はどうでした?」
「別に。いつも通りです」
「部活をすればもっと楽しくなると思いますよ」
「前にも言ったじゃん、興味ないって。……安室さんは中学の頃何か部活やってたの?」
「中学の頃はテニスをやってました。これでも優勝した事もあるんですよ」
「何それ自慢?」
「ずいぶん前の話ですけどね」
「…………」

 笑ってそう言えば彼女は浮かない顔をしてココアをすする。

「どうかされましたか?」
「安室さんってさ、今付き合ってる人とかいるの?」

 突然の踏み込んだ話題につい、一瞬目を丸くしてしまった。勝手にそういう事には興味がないと思っていたが、彼女も今どきの学生だ。恋愛に興味があってもおかしくはない。

「いませんよ」
「……意外。こんなにルックスいいのにいないなんて」
「よく声は掛けられますけどね」
「また自慢」
「……なまえさんはいないんですか?学校の同級生とか」
「恋愛対象に入らない。子供にしか見えないし」
「なまえさんは大人びてますからね」
「だから大人の男の人が好き」
「その様子だとどうやら気になってる人がいらっしゃるようですね」
「……いるよ。知りたい?」
「教えてくれるなら、ぜひ」

 彼女のような人が好きになる相手とは一体どんな人物なのか、正直すごく気になった。
 大人の男性ならば学校の先生などだろうか……と考えているとコト、とコップを置いて彼女はおもむろに僕の前に立ってじっと見つめてくる。彼女は基本的にあまり表情を変えないから、この僕でも何を考えているのかわからない事が多かった。

「安室さんです」
「……僕ですか?」
「ええ。助けてもらった時からずっと好きだったの。いわゆる一目惚れってやつです」

 そう言われてその時の事を思い出してみるが、とてもそんな事を思っているようには見えなかった。まあ顔に出ない彼女ならわからなくもないか。それよりも、容姿や直感で恋をするようには見えない彼女がまさか一目惚れとは意外だった。
 ただ、彼女に対して恋愛感情があろうがなかろうが、僕と彼女は15歳は離れている。さすがに学生に手を出すわけにはいかない。

「気持ちは嬉しいんですが……なまえさんの気持ちに応える事は出来ません」
「それはわたしが子供だから?」
「その理由では納得していただけませんか?」
「じゃあ大人になったら応えてくれるの?」
「そうですね……それまで僕を好きだったら、考えておきます」
「……わかった。じゃあ今から予約しておきます。だから――」

 そう言って近付いてきたと思ったらそのまま頬に小さく口付けを落とされた。
 視界に入る、テーブルに置かれたココアの湯気がたゆたう姿。耳に響く、暖房の稼動する低い音。鼻に抜ける、微かに甘いココアの香り――自分だけが動けずにいるような感覚になった。
 幸いにも店内には僕と彼女しかいなかった。だがもしかしたらたまたま外を歩いていた通行人には見られていたかもしれない。なんて事を思うのは彼女のギャップにやられて柄にもなく動揺したからか。答えはわからないが……少女にしてはずいぶんと大胆な事をするもんだ。こんな男の落とし方など一体いつどこで覚えてきたのだろうか。

「大人になるまで待ってて」

 そう言った目の前の彼女は、今までに見た事がないくらいの笑顔をしていた。無邪気で、純粋で、でもどこかミステリアスで強く惹かれるくらい魅惑的で。
 大人になるまで好きでいたら考えておく、なんて確証のない言い方をしたが、その答えはすでに心の中に芽生え始めていた。


(果たして君が大人になるまで僕は待てるだろうか)


2016/02/02

・ツンデレ、安室に一目惚れ
・事件に巻き込まれ犯人に人質にされるが安室により助けられる
・「大人になるまで待っててね」と告白と同時に頬にキスをし、安室が珍しく動揺する

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