悪魔の美学
ハニートラップというものをご存知だろうか。某ネット辞書には女性スパイが対象を誘惑し、性的関係を利用して懐柔し、機密情報を要求する諜報活動という説明がある。
簡単にいえば色仕掛けをして相手から情報を引きずり出す女性が主に行う情報収集方法である。
私はこの近辺ではそこそこ有名な情報屋だ。人の居場所から密輸のルートまで、それなりに情報は網羅できていると自負している。もちろんそれなりのコネクションをもっているからというのもあるが、上記のような手段をとることだって少なくはない。今までもそうやって数多の男から情報を引き出してきた。自信があったのだ。
「まだまだですね」
「なん、で」
「目には目を歯には歯を、なんていいませんか?僕も貴女のこと調べていた、というワケです」
今回の依頼内容はある人物の素行を調べる、といういつも以上に簡単なものだった。
一癖ある、と思ったのが対象者が”探偵”という職業に就いているということくらいで、そこまで警戒はしていなかった。とはいえ手を抜いたわけでもない。しっかりと対策も練っていた。はずなのに、目の前の男はあっさりと私の全てを見抜いていたのだ。
身動きをとろうにも私の身体は彼の腕によってベッドに押し付けられてしまい、馬乗りになられているので動くこともままならない。ああくそ、部屋も防音設備になっているから声をあげても誰もわからない。こうなったら、と私は最後の賭けに出ようと覚悟を決めた。
「あぁ、それと」
「!? …ッん、」
私の考えはお見通し、と言いたげに彼は私の口の中に指を突っ込む。荒っぽく歯列をなぞるように探られたかと思えば、お目当てのものを見つけたようで、ぐっと引き抜かれる。奥歯付近に仕込んでいた小さな薬はあっという間に没収されてしまった。この男、本当に、何者なんだ。
「色気のない取り方をしてしまってすみません。危ないので回収させてもらいました」
「くっ」
「これを飲ませて僕を眠らせたあとに私物を探って情報を得ようとしたんですね。危なく引っかかるところでした」
「ウソつき。わかってたクセに」
「さぁ、どうでしょう」
ターゲット、安室透は不敵な笑みを浮かべる。
こいつは絶対にただの探偵じゃない。何か裏がある。それは私の直感が告げていた。何があるんだ、この男には。
しかし私にそんなことを考えさせる時間を彼が与えてくれるはずがなかった。私の両腕を片手で動かないように押さえつけながら、髪に触れる。ぐっと勢いよくひっぱれば私のウイッグははらりととれ、地毛が露わになった。
「綺麗な黒髪ですね。金髪よりもそちらの方が似合うのでは?」
「…なにが目的なの」
「ちょうど欲しい情報があるんです。調べてみたら貴女は腕のいい情報屋と聞きました。僕もあまり深入りしすぎるといろいろヤバいので、ね」
「まさ、かあんた」
「いいじゃないですか。もともとそのつもりでここに入ったんですし。此処はそういうことをする場所でもあるわけですから、それなりに覚悟はしていたんでしょう?」
安室透は笑っているようだったが、目が笑っていなかった。逃げることはほぼ不可能。私に残された道は、もうない。
「睡眠薬を飲ませてしまうと、不審がられると思いませんか?いきなり自分自身の記憶が飛ぶわけなので、勘が良い人間ならすぐに罠だったと気づいてしまう。何度もその人物から情報を搾取していきたい場合、貴女ならどうしますか?」
「わかんない、わよ」
「簡単な話です。懐柔してしまえばいい。ターゲットが自分なしではいられないようにする。それだけのこと」
やり方、教えてさしあげます。彼は耳元でそういうや否や先ほどの荒っぽさなんてまったくない、優しい手つきで私の身体に触れた。唇が重ねられて、舌が入ってくる。一瞬で理解する。ああもう、これは、抵抗できない。ダメなやつ、だ。身体の力がふっと抜けたことを安室透は察したようで、満足そうにするりするりと私が着ているものをはだけさせていく。
厄介とか、そんなレベルじゃない。私はこの人に絶対に敵わない。私はもう、快楽の海に溺れるしか選択肢がないのだ。
2018/04/27
ハニトラをテーマにリクエストさせて頂きました!
back