The Beginning of the end
「お前最近あいつばっか見てっけどいつ告白すんの?」
「はっ?」
廊下で上司と会話をしている“彼”を物陰からこっそりと見ていれば、急に後ろから同僚である松田がそう話しかけてきた。ていうか開口一番にいきなり核心を突くことを言わないで欲しい。心臓に悪いったらない。
「い、いきなり何よ別に見てないし」
「あーそういうのいいから」
「何がよ!」
「お前ホントわかりやすいのな。バレバレだぜ?」
「なるほどねぇ。ああいう男がタイプか」なんてニヤニヤと笑みを浮かべながら気だるげに煙を吐くこの男は一体何がしたいのか。ただ言えるのは、言動ひとつひとつが癪に障るということだけだ。ついでに煙草の煙でイライラは三割増しである。ていうか廊下で煙草吸うな。
「ま、お前なんか眼中にないのはお察しの通りだがな」
「うっさいわね!そんなこと、わかってるわよ……」
松田に図星を指されてしまい、尻すぼみになって思わず俯く。
彼――降谷さんはいわゆるキャリア組のエリートだ。到底、ノンキャリアのありふれたいち刑事の私が見向きもされないことはわかりきっている。でも、いつか一緒に仕事が出来たら――なんて夢物語を心の奥底に抱きながらこうして見つめるだけの日々を送っている。はあーあ、いっそのこと松田と降谷さんが入れ替わってくれればいいのに。
何か知らないけど松田に絡まれるせいで気が付けば二人でいることが多く、知らぬ間に周りからはコンビ扱いされていて不愉快極まりない。ついでに降谷さんと仲がいいのも気に入らない。
「ていうかあんたのその余計な一言が毎回ストレスになって仕方ないんだけど」
「知ったこっちゃねぇな。お前がさっさと告白すりゃいい話だ」
「っ、ちょっと煙!!」
わざとらしく私に向けて煙を吐くな!こいつほんと何なのもう、ムカつく!ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるといつか痛い目見るからな!ていうか察しておきながら告白しろとか鬼か。当たって砕け散れってか?冗談じゃない、人の恋心を何だと思ってるんだ。
「……大体、告白なんて出来るわけ――」
「お、一人になったみてーだぜ?……降谷〜、久しぶりじゃねぇか」
「は?ちょ……!」
おい!人の話を聞け!!私の言葉を遮りやがって……!――なんて内心悪態をつきながらも反射的に松田の後を追うように物陰から身を出せば、松田の背中越しに降谷さんの姿が飛び込んでくる。初めて間近で見る彼の姿に今までにないくらい心臓がドクン、と波打った。
刑事には似合わない幼い顔立ちに特徴的な髪色と褐色の肌――見た目はチャラく見えるけど、私なんかよりもずっと優秀で仕事も出来ておまけに出世が約束された超エリート。刑事をしている以上命の保障はないけれど、その分身を捧げてまで奉仕する姿勢は誇りに思う。それは刑事をしている全員に言えることだけど、降谷さんは特別。もちろんそれは好きだから、だ。完全にフィルターがかかってることは自覚済みである。
「ああ、久しぶりだな。新しい部署にはちゃんと馴染めてるのか?」
「お前に心配されちゃ世話ねぇな。いい暇つぶし相手もいるし、なかなか楽しいぜ?」
チラリと私に目を向けてくる。……おい、いい暇つぶし相手ってまさか私のことか?本当なら「ふざけんな!」と言いたいところだけど今は降谷さんがいるから言わないでおく。が、一応睨みを利かせて言いたい言葉をそこに込めれば、松田はお決まりのバカにしたような笑みをこぼした。……いちいちムカつくな!
「大方お前が一方的に絡んでるだけのような気もするが……」
はい、そうなんですその通りです降谷さん。もっと注意してやって下さい。
「んなことねぇよ。あ、そういやお前何か降谷に話があるんだっけ?」
「は?」
唐突にこっちを振り返ったと思ったら怪しい笑みを浮かべる松田と目が合う。……待て、嫌な予感しかしない。
「あれだろ、こくは――」
「だーっ!!」
「?」
やっぱり嫌な予感は的中した!それ以上は言わせないからな!?降谷さんが不思議そうな顔をしながら私たちを見ているけど気にしてる余裕なんかない。慌てて声を張り上げて松田の言葉を遮る。こいつマジふざけんなよ!何なの公開処刑でもさせる気!?お願いだからほんと勘弁してくれ!
「すすすすみません!何でもないです!気にしないで下さい!」
「そんなに慌てなくても……」
そう言って小さく笑う降谷さんは天使のようだった。逆に松田は悪魔だ。これだけは断言出来る。
降谷さんに「ちょっとすみません」と距離を取り、松田を引き寄せて小声で抗議する。
「ちょっとどういうつもりよ!?」
「あ?お前がいつまで経ってもストーカーみたいなことしてっから背中押してやっただけだろうが」
「だ、誰がストーカーよ!」
「コソコソとうざってぇんだよ。好きならとっとと言っちまえよ」
「簡単に言わないでくれる?」
「あいつ女いねーみたいだし言うなら早い方がいいと思うぜ?」
「っ……!……それ、本当なの?」
「ま、振られたら慰めてやるよ」
だからその笑みやめろ。ていうか振られる事前提で言わないで欲しいんだけど。でも確率的にそっちの方が確実に高いから強く否定出来ないのが悔しい。もどかしい気持ちを吐き出せなくてとりあえず松田を睨んで降谷さんの元へと戻る。
「あの、引き止めてしまってごめんなさい」
「いや、別に構わない。……それにしても松田とずいぶん仲が良いんだな」
「へっ!?いや、これはその、ただ彼が一方的に絡んでくるだけで決して仲が良いわけではないです!ええ、断じて!!むしろ困ってます!」
やめて!降谷さんにそんな勘違いされたら私の恋が終わる!好きな人に好きでもない男と一緒にいるだけであらぬ誤解をされるとかそれ一番嫌なパターン!
「そうみたいだけど……僕は結構似合ってると思うよ」
「え、ちょ、」
「あいつは口は悪いがいい奴だ。仲良くしてやってくれ。……おい、松田」
「あ?」
「あまり彼女のことをからかい過ぎるなよ」
「じゃあ僕はもう行くよ」と踵を返して角を曲がっていく降谷さんを私は放心状態で見送ることしか出来なかった。だってこれ……あれだよね、確実に勘違いされたよね?絶対そうだよね?一番嫌なパターンになっちゃったよね?
こんなことなら告白して振られた方がマシだった……。
「始まる前に呆気なく終わるだなんて……最悪だ……」
「まさかの展開だな」
「あんたのせいだよ!!」
2016/05/24
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