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流星のスピードで駆け抜けろ!

 昔からドライブデートというものに憧れていた。理由という理由は特にないんだけど。
 そのせいなのか、かっこいい車を見るとその持ち主の事が気になってしまう、なんて事もある。スポーツカーに乗る降谷さんはその一人だったりするのだけど、彼のドライブテクはいい意味でも悪い意味でもとにかくすごい。

 車で逃げる対象を追う際、私は大抵降谷さんの車に乗って一緒に追う。のだが、正直いつか死ぬんじゃないかと毎回ハラハラして追跡どころではない。こういう仕事をしているとはいえ、私だって少なからずも自分の命は惜しい。

「おい、追うぞ!早く乗れ!」

 けれども部下の私が拒否出来るはずもなく。仕方なしに助手席へと乗り込めばシートベルトを締めた瞬間、地鳴りのようなエンジン音を立てながら、降谷さんは勢いよくアクセルを踏み込んだ。

「急にスピード出さないで下さいよ!?」
「舌、噛まないようにしろよ」
「ちょっ!?」

 どうやら私の言葉に耳を貸す気はないらしい。降谷さんは前だけを見つめてハンドルを切り、猛スピードで前方の車を追う。……こんな状況だというのにその横顔に見惚れてしまう自分は一体何を考えているのか。降谷さんの運転は荒いけど、ただ荒いだけじゃなく腕は確かだからこれまたずるい。
 加速しながら大きく揺れる車内で投げ出されないように力を入れて踏ん張っていれば、追っていた車がコースを変え、他の車を巻き込みながら振り切ろうとしていた。これはもうさすがに追跡は無理だろうと諦めた。私は。しかし降谷さんはブレーキを踏むどころかさらにアクセルを強く踏んだ。いや、待って本気?まさか、まさか映画で観たような事するわけない――

「したー!!!」

 秒で前言撤回。しました。この人本気でやりました。視界がほぼ垂直に転回したのは夢かと思ったけど夢じゃなかった。もう何が起きてるのかわからない。思考停止状態で私の脳内はすでにクラッシュ寸前である。ただただ必死で叫ぶ事しか出来ない。

「待って待って死ぬ!!本気で死ぬ!降谷さんに殺され――っ!!」

 振動が強すぎて舌噛んだ痛い!もう何これ。もはや捜査じゃないよただのカーチェイスだよ。怒涛の展開に半分魂吸い取られてる気分だよ!
 ガコン、と地面に着地するもスピードは落ちない――かと思えば、急に体が前に投げ出されてお尻が浮く。急加速からの急ブレーキやめてくれないかな!?おかげで野太い呻き声が出てしまったではないか。ていうかこれ、シートベルトしてなかったら確実に死んでるよ。むしろしてても死にそうだった。

「チッ、逃げられた」

 吐き捨てるように言った降谷さんについ「はあ!?」と声が出てしまう。呼吸が整ってない状態で叫んだせいでむせた。恥ずかしい。

「ハァッ、これだけ派手なカーチェイス繰り広げておいて逃げられたとか……勘弁して下さいよ!」

 ここまでやって取り逃がすとか、それじゃ私がこんなを思いしてる意味は何だと言いたくなるではないか。追い損もいいところだ。

「仕方ないだろ。これ以上は無理だ」

 だったら最初から私を巻き込まないで下さいと言ってやりたいところだけどそれは飲み込む。
 停止した車内で大きく息を吐いて降谷さんを見やれば、降谷さんは「とりあえず撤収だ」と通常速度で来た道を戻って行く。……あの、落差激しすぎません?私未だに生きた心地しないんですけど?なんでそんなに冷静なんですか。

「対象はもちろんですけど、少しは私の事も気に掛けてくれませんかね!?」

 「私、そろそろ死んでもおかしくないと思います」と軽く睨みつければ、降谷さんは前を向いたまま「でもお前はこういうのに憧れてるんだろ?」と突拍子もない事を言う。……いつ私がそんな自分から死亡フラグ立てるような事言った?

「アクション映画じゃあるまいし、そんなわけないじゃないですか」
「でも前にそんな事言ってただろ?」
「それはドライブデートの事では?」
「そうだったか?まあこれもスリルがあっていいと思うけど」
「こんなの願い下げです!」

 なんて言ったけどでもまあ、相手が降谷さんなら……それも悪くはない、と思う。休みなんて滅多にないから、こうして降谷さんの車に乗ってる時はデート気分を味わえるし。さすがにスリリングな命がけのデートは望んでないけど!でもこんな状況でもちょっとだけ嬉しいと思ってしまっている自分がいるのも事実だ。

「じゃあ帰りは”ドライブデート”しながら帰るか」
「……はい?」
「憧れなんだろ?」

 またも突拍子のないセリフに素っ頓狂な声が漏れる。それからこちらをチラリと見やった降谷さんと目が合う。こんな時にそんな柔らかい笑みを見せるなんて反則じゃないですか?仕事中に胸を高鳴らせるなんて……しっかりしろ自分。いや、もしかしたらカーチェイスの緊張感と勘違いしてるのかもしれない。いわゆるつり橋効果ってやつだな、うん。

「あの車なら別ポイントで待機してる風見たちに任せておけばいい」
「だったら最初からそうして下さい!じゃなくて!そもそも勤務中なんですが!」
「お茶くらいはおごってやる」

 まったく、人の話を聞かない上司ほど大変なものはない。
 そもそも断ったところで、運転しているのは降谷さんだから私がどうこう出来る事ではない。それに断る気なんて最初からないしね。上司命令というのなら私は素直に従うまでだ。

「……降谷さんがそこまで言うなら、仕方ありませんね」
「随分と言うようになったな」
「降谷さんだからじゃないですか?」

 上がる口角に気付かれないように、窓の外へと顔を向けて小さな声でそうこぼす。
 先程までの騒がしさが嘘のように、穏やかな風が車内へと吹き込んだ。

(たまにはこんな経験も悪くはないかもしれないな、なんて)


2016/04/17(2018/04/14)
title:ジャベリン

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