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意地悪な貴方は好きだけど嫌いだ

「今度の任務をご一緒することになったバーボンです。よろしく」

黒ずくめの組織に潜入捜査を始めて2年。やっとコードネームを与えられた私の前に現れたのは、私の本来の先輩であり、私の好きな人だった。
公安所属の私の先輩である降谷さんは、しかし私の知らない物腰柔らかな姿勢で、柔和な笑みを浮かべて、私に右手を差し出している。

「コードネームです。よろしくお願いします」

私は極力冷静に、ゆっくりとその手を握る。
降谷さんが潜入捜査をしている事は知っていたけど、まさか任務で一緒になるとは思わず背中に嫌な汗が流れた。
ここで私がヘマをしたら降谷さんの事もバレかねない。それだけは避けなければいけない。斜め後ろに居るジンの視線が鋭くなる。

「気楽に行きましょう。僕たちの任務は標的の情報収集なんですから」

そう笑う降谷さんもとい、バーボンに私は「はあ」と曖昧に返事をした。
ジンは「そう言うことだ。しくるなよ」と言ってウォッカと愛車に乗って行ってしまう。

* * *

「まさかお前と恋人のフリをする日が来るとはな」

適当に入ったカフェで珈琲を頼むと、降谷さんは椅子の背もたれへもたれ、はあと深くため息を吐いた。

「私だってあなたと恋人のフリするだなんて、思ってもみなかったです」

念には念を入れてお互いの名前は呼ばないと決めたため、お前・あなたなんてどこぞの夫婦だ。と突っ込みを入れたくなる呼び方をしている。まあ、悪くは無いんだけど。
私は運ばれてきた珈琲にミルクを少し加えて口へ運ぶ。

「お前は横に居るだけで良いからな」
「……私だってちょっとくらいは!」
「大丈夫だ。ヘマすると大変だろう、俺が」

わざとらしく俺がの部分を強調するのは如何なものかと思う。私の心配をしてくれたのかと思ったのに、酷いではないか。

「でも、私よりベルモットの方が適任だと思うのですが」

今回の標的である政治界の大御所の情報を手に入れること。これが私たちに課せられた任務で、降谷さんは私のパートナーだ。
しかしパーティーに潜入しての情報収集なら私なんかよりベルモットの方が良いだろうに。

「さあな。俺は知らない」

* * *

任務当日、私は何故か降谷さんの指定で着物で会場に来ていた。
横にはスーツ姿の降谷さんが居て、私は降谷さんの腕を軽く掴んでいる。
標的を横目に捉えつつ、降谷さんを見上げるとふと視線が合う。すると降谷さんはニヤリと笑ったからと思うと、口を私の耳元に近付けた。

「馬子にも衣装だな」
「……っ。失礼ですよ、バーボン」

降谷さんの澄ました顔を見ながら眉間に皺を寄せる。
そんな私の眉間に手を伸ばし、あとになるぞと笑う降谷さんは、ちょっとズルいと思う。

* * *

その後、無事に標的やその周りと話をし上手く情報を引き出せた私たちはパーティーを後にしようと人の少ない中庭を通って外に出ようとした。

「さっさと帰るか」
「そうですね。着物けっこう苦しいので早く脱ぎたいです」

なんて話をしながら歩いていると、私は慣れてない下駄を引っ掛け前のめりに転びそうになる。

「……っ」

咄嗟に衝撃に目を瞑った私は、しかしいつまでも訪れない痛みを不思議に思い目を開けた。

「……っ、」

頭に絡まる腕と、耳に聞こえる鼓動の音、そして頭上から聞こえる息遣い。
それが誰のものか気が付いた瞬間、私はガバリと上体を起こした。すると自然と私が降谷さんを押し倒しているみたいになって、顔が赤くなる。

「……まったく何してるんだよ」
「あ、いえ、あの、」
「とりあえず退いてくれないか?それとも、」
「え、きゃっ」

降谷さんはニヤリと意地悪そうに笑ったかと思うと、私の腕を掴んで勢いよく引っ張った。
そして気がついたら、私と降谷さんの位置が逆転していた。

「押し倒される方が良かったか?」

そう笑う降谷さんに、私はもう何も言えなかった。
と言うか、叫びそうになったら降谷さんの手によって阻止された。

「これくらいの事で叫ぼうとするな」
「いや、叫びたくもなりますよ。目の前にあなたの顔あったら」
「……ふーん。俺の顔が目の前にあると叫びたくなるのか」

降谷さんはそう言うと、また私の口を塞ぎ、もう片方の腕の、突っ張っていた肘を曲げ顔を近付けてきた。

「っ!!!」

喉の奥から声が出そうになるが、塞がれた手によってそれは微かな呻きとして漏れるだけだ。
降谷さんの顔が近い。私は咄嗟に首を横に向ける。すると、降谷さんはすっと顔を近付け「目を反らすな」と耳元で囁いた。ぞくっとする背中と、どうしてか溜まる涙。
絶対に向いてやるものかと頑なになっていると、塞がれていた手も、上にあったはずの降谷さんの体も無くなっていて、ふと首を反対に向ける。

「…………っー」

すると、そこには必死に笑いを堪える降谷さんの姿があった。
イラッとした私は無言で立ち上がると着物に着いた草を叩き落とし、未だに肩を震わせている降谷さんに「早くしないと警察来ますよ」と言って先に屋敷を後にした。

その後、すぐに追い付いてきた降谷さんが笑いながら謝ってくるので、高級なお寿司で許してあげると告げると、ふわっと私の頭を撫でると優しい声で「分かった」とだけ言った。


2016/04/14

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