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ときめきメリーゴーランド

 朝、本庁へと出社してみれば、廊下で女性に囲まれている降谷さんが目に飛び込んできた。囲まれている理由は言わずもがな、バレンタインデーだから。降谷さんは潜入捜査をしているため滅多に本庁には顔は出さないが、恐らくここに来ているという事は捜査の報告をしに来たのだろう。久しぶりに見る彼に胸をときめかせつつ、少し離れたところから隠れてその様子を窺う。

(たまにしか顔を出さないのにこのモテっぷりは凄いな……)

 同じ部署にいる私ですら全然会えないのに、降谷さんの詳細を知らずにチョコまで用意する彼女たちは積極的というほかない。彼女たちに先を越されてしまうという焦りや降谷さんが誰かのものになってしまうという不安が全くないわけではないのに、目の前の光景をどこか他人事のように見ている自分がいた。

(今日会えるならチョコ、用意してくれば良かった……)

 今日も来ないと決めつけて用意しなかった自分を恨む。もしかしたら、っていう気持ちもなくはなかったんだけど。けれどそんな事を今さら後悔してもしょうがない。今年はもう諦めよう。――困ったように笑う降谷さんから目を逸らすようにしてその場を立ち去った。



 あれから降谷さんとは入れ違いになってしまったようで、オフィスに行った時には降谷さんはすでに本庁を出てしまっていた。どちらにしろ結局こうなっていたんだ、だからこれで良かったんだと自分にそう言い聞かせて、バレンタインデーだという事を忘れるようにデスクワークに没頭していたら、いつの間にか陽が落ちるまでに時間が経っていた。
 凝り固まった体をほぐすように腕を伸ばして時計を見てみれば、時刻は21時を回っていた。……結局今年も仕事漬けのバレンタインデーだったな……。仕事疲れか別のものかよくわからないため息をつきながら、帰りに自分用のチョコでも買って帰ろう――そう思って帰る支度をしてオフィスを出ようとした。けれど扉の前に立っている人物が目に入った瞬間、思わず足が止まる。

「降谷さん!?」
「こんな時間まで仕事か?」
「え、あ、はい……。お疲れ様です」
「お疲れ。……久しぶりだな」
「そうですね。お変わりないようで何よりです」

 小さく微笑んでそう声をかければ、降谷さんは一拍置いて「そういえば、」と何か思い出したように私を見る。

「お前、見てただろ」
「へ!?」

 主語のない言葉でも、「何が」とは聞かなくてもわかった。思い当たる事など、今朝の出来事しかない。気付かれていないと思っていたけどやはり降谷さんは鋭かった。
 これじゃ降谷さんと一緒に潜入捜査だなんて遠い夢の話だなぁ、なんてぼんやりと考えれば、降谷さんはわざとらしく言葉をこぼす。

「上司に挨拶もせずに覗き見する部下、か。俺の教育もまだまだだな」
「いやっ、それはそのっ、覗き見をしてたわけじゃなくて……!邪魔しちゃいけないな、と思って……」
「ふーん」
「そ、それにしても凄かったですね!全部、受け取ったんですか?」

 何だか気まずくて空気を変えようと話を逸らそうとしたのに、変えるどころか掘り下げるような事を口走ってしまった。

「全部断った」
「え!?」

 けれど降谷さんの予想外の言葉に、気まずさも忘れて声を大きくして驚く。あれだけの数を全て断ったなんて……何か理由でもあるのだろうか。

「何だよ、酷い男だとでも思ったか?」
「そういうわけじゃないですけど……単純にどうしてかな、って。甘いもの、お嫌いでしたっけ?」
「さあ、どうしてだろうね。少しは考えてみたらどうだい?」

 質問を質問で返すなんてずるい。と思いつつも真面目に考える。……こういう聞き方をするって事は、甘いもの自体は嫌いじゃないんだと思う。だとしたら考えられるのは……

「本命の人からしか受け取らない!とか?……なんてまさか――」
「そうだよ」
「……えぇっ!?」

 冗談半分で言ったのがまさかのビンゴだなんて……!笑いながら言おうとした表情が一瞬にして驚愕の表情に早変わりする。それよりも降谷さんが求める本命の人とは一体誰だろうか……。妙にバクバクする心臓を落ち着かせるように、胸に手を当てて思考を巡らせる。

「ついでだからその先も当ててごらん」
「ふ、降谷、さん?」
「なまえはそれがわからないほど鈍感じゃないだろ?」
「っ!」

 不意に距離を縮めてきたと思えば、降谷さんは確信的な笑みを浮かべて耳元で熱っぽくそう囁いた。
 それでも、まだ信じられないでいた。本当は本命の人なんていないのかもしれない、降谷さんの事だから面白がってからかっているのかもしれない。でも、こういったからかいは今までなかった事を踏まえると、もしかしたら――。

「間違ってたらその、本当に死にたいくらい恥ずかしいんですけど……その、もしかして、わ、私、ですか……?」

 これ以上ないくらい頬が熱くなるのを感じながらおずおずを降谷さんを見る。これで違うとからかわれたらもう死ぬしかない。

「正解」
「!」

 その言葉を聞いて死なずに済んだと一気に力が抜けるも、すぐにハッとなる。チョコ用意してなかったんだ……!せっかく降谷さんが本命以外のチョコを断ったというのに、私が用意してないなんてムードが台無しじゃないか……!でも嘘をついてもそんな事はすぐにバレる。ここは正直に話すしかない。

「あの、この状況で言うのは本当に気が引けるんですけど……実はチョコ、用意してないんです……。本当にごめんなさい!で、でも、それはそういう意味の"ごめんなさい"ではなくてですね、」
「わかってるよ」
「……用意しようとは思ってたんです。でも降谷さんとはいつ会えるかわからないから……」

 自然と俯きがちになった時、「確かにその通りだな」と私の手を取る褐色の手が映って反射的に顔を上げる。

「……だから、チョコは来年でいい。その代わり今から食事に行くぞ」
「え、ご飯ですか?」
「ああ。またしばらくは戻れそうにないからな。一緒にいられる時間は今しかないんだ。……それにまともな物食べてないみたいだしね」

 降谷さんは呆れたように息を吐いて、チラリと私のデスクに目をやる。視線の先を追えば、そこには捨て忘れていたカップ麺の蓋があった。うわ、恥ずかしい!
 「これはっ、」と口を開く前に降谷さんはそれをゴミ箱に捨てて、「時間がないんだから早く行くぞ」と手を差し出してきて繋ぐように催促する。なかなか手を伸ばす事が出来なくてためらっていれば、早くしろと言わんばかりに「ほら、」とさらに近付けてくる。
 いきなり縮まった降谷さんとの距離に戸惑いや恥ずかしさを感じながらも遠慮がちに手を伸ばせば、温かい指先が絡まって速まる鼓動とは反対に自然と頬は緩む。未だにこの状況が信じられない。でも、すごく幸せな気持ち。

「何が食べたい?」
「な、何でも!降谷さんと行けるなら、どこでもいいですっ!」

 即答する私を見る降谷さんはどこか楽しそうで。繋いだ手から伝わる温もりを確かめ合うようにきゅっと握り直して二人でオフィスを後にした。


2016/02/13

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