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アイスクリーム・パッション

 ああ、これは夢だ。目を閉じている中でそんな事を思う。なぜ寝ているのにそれが夢だと認識できるのか。それは安室さんに押し倒されているというにも関わらず、恥じらう事なく冷静にその状況を受け入れている自分がいるから。
 夢の中の安室さんはお風呂上がりで体が火照っているからか、上半身は何も身に着けておらず髪も濡れていた。その色っぽい姿に息をするのを忘れそうになるくらい釘付けにされる。熱っぽい瞳に艶めく唇、褐色の肌に備わった控えめながらもしっかりとついた筋肉。そんな姿に触れたいと思うのは付き合っていればごく当たり前の事だと思う。恍惚とした中でごくり、と生唾を飲み込むと、無意識のうちに腕が彼の首に向かって伸びていく。どうやら夢の中の私は積極的らしい。
 どうしてこんな状況になっているのかはわからない。まあ夢なんてものは大抵は支離滅裂なんだけど。そんな事を夢と現実の狭間でぼんやりと思いながら私を見下ろす安室さんを見つめていれば、安室さんは何かを言うわけでもなくただじっとこちらを見つめていた。そして髪から滴り落ちてくる水滴と同時にゆっくりと顔が近付いて来る。私はそれを受け入れようと、伸ばした腕を安室さんの首にかけて目を閉じた――が、それは――

(……夢、か……)

 なぜいい夢に限ってタイミング悪く目が覚めてしまうのか。夢だとわかっていてもこうもタイミングが悪いとガッカリしたくもなる。
 ハァ、と内心ため息を吐きながらゆっくりと目を開けた。

「っ!?」

 開けたら目の前に安室さんの整った顔があった。……え、なんで?もしかして夢の中で夢を見てる?それとも正夢?混乱しながらふと安室さんの体に視線を移せば、夢と同じく晒された肌が飛び込んできて一気に覚醒する。

(これ、夢じゃない!!)

 ああ、そういえば安室さんがお風呂に入ってる間にソファーでゴロゴロしてたら眠くなって寝ちゃったんだ。なんて呑気に思い出してる場合でもない。至近距離で顔を覗かれていて押し倒されてこそいないけど、寝起きで無防備な時にこの状況はホントに息止まる!

「こんな所で寝てたら風邪引くよ」
「あっ、あ、あ、」

 案の定今の状況に思考が追い付かず、しどろもどろになって目が泳ぐ。ああ、目のやり場に困る……!そして心臓に悪い!なのに自然とその身体に目がいってしまう自分はもしかしたらまだ夢から覚めきれてないのかもしれない。
 そんな私の見つめる視線の先から何か察したらしい安室さんは、柔らかい表情からニヤリとした笑みに変えてそのまま仰向けになっている私の上に跨った。沈んだソファーに反して私の心臓は一気に跳ね上がる。……これはやばい。目の前の安室さんが夢で見た時と同じ表情をしているではないか。

「一体どんな夢を見てたんだい?」
「へっ!?」
「夢、見てたんじゃないのか?」
「ま、まあ、そうと言えばそう、だけど……それよりも、その、」

 この状況は恥ずかしいからどいて欲しい、そう言いたかったのにすぐに安室さんに言葉を被せられて叶わなかった。

「せっかくだからなまえが見てた夢、当ててあげようか」

 顔の横に置かれた片方の手で私の髪を弄びながら安室さんは意味深に笑う。いくら洞察力に長けた探偵とはいえ、さすがに人の見ている夢まではわかるはずがない。そう思うのになぜだか心臓は速度を増す。

「今と同じように僕に押し倒されてる夢、かな」
「!?」
「どう?当たってる?」
「な、なんっ……!」
「何でかって?簡単な事だよ。いつものなまえなら確実に取り乱すシチュエーションなのに、今日はむしろ物欲しげに僕の身体をじっと見てたからね」

 「もしかしていいところでお預け食らったかい?」とからかうように笑う安室さんに一気に顔が熱くなる。まさにその通りで、何よりそう思っている事を安室さんに知られてしまった事がとてつもなく恥ずかしい。

「べ、別にそんなんじゃ……!」
「へぇ?僕にはそうは見えなかったけど?」

 あからさまに細められた目に、やっぱり安室さんに嘘はつけないと思い知らされる。バレてるなら早いうちに正直に言ってしまった方が私自身のためだ。

「……その……キス、する寸前で目が覚めちゃったの……」

 目を合わせるのが恥ずかしくて顔を逸らして小さくこぼせば、しばらくして頭上から小さな笑い声が降ってきた。

「なんで笑うのっ」
「だって、そんなの今すぐにでも出来るじゃないか」

 湯上がりでまだ熱を持ったその手がスッと私の頬に触れる。――熱い。私の頬も、安室さんの手も。
 真っ直ぐに見つめるその瞳はさっきまでのからかうようなものではなく真剣な瞳そのもので、なおかつ夢と同じように熱を孕んでいて……。指の腹で頬を撫でる感覚に心臓がさらに高鳴る。

「今から存分にしようか。その夢の続きをたっぷりと」

 手を止めて誘うように甘く囁いては、徐々に近付いてくる安室さんの顔。恥ずかしさでどうにかなりそうになるも応えるようにして、絡められた指にきゅっと力を入れて近付いてくるそれを受け入れようと目を閉じた。……けれども待てども肝心の場所に欲しい熱がやって来ない。ここまで来てまたお預けはさすがにもどかしい。
 ねだるように安室さんを見れば、安室さんは呆れたように小さく息を吐いた。

「まったく、困ったもんだ……」
「え……?」
「本当はからかってキス、してあげないつもりだったけど……そんな顔されたら出来なくなった」

 「キスだけじゃ足りなくなるかもな」――独り言のように呟いたそれに何かを言う間もなくそのままあっさりと口を塞がれてしまった。


2016/06/13

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