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きらきらポップチューン

 私が捜査一課の強行犯係に異動してきた際、教育係となったのが彼だった。第一印象がそれはもう今までにないくらい最悪で、すごく印象的だったから今でもよく覚えている。私の顔を見るなり「こんな奴の教育なんざ願い下げだ」だの「俺からは何も言わねぇ。見て覚えろ」だの言われ、理不尽極まりない扱いに初日でこの人とは合わないな、と悟った。
 案の定二週間経ってもその思いが変わる事はなく、しかしそこでくじけてしまったらそれこそ彼の思う壷だ。やりきれない思いを抱えながらも何とかしがみついて、ようやく仕事にも彼の扱いにも慣れてきたところだった。

 そんなとある日、目暮警部から「捜査会議があるから松田君を呼んで来てくれ」と言われて私は警視庁内をひたすら捜し回っていた。

(ったく毎回毎回手間かけさせて……!)

 初対面の時から感じてはいたがどうやら彼は協調性がないらしい。飄々としていて気が付けばフラフラとどこかへ消えていたり、現場へ行けば単独行動をしていたり――そんな彼に振り回されるこっちの身にもなって欲しい。先輩たちは彼の性格を察しているせいか、私に対して慰めや哀れみの言葉をかけるだけで助けてはくれない。唯一の同性である美和子さんには愚痴を聞いてもらってるから多少のストレス解消にはなってるけど。
 「ハァ、」と思わず声を出してため息を吐けば、ふと廊下の突き当たりから彼が通るのが見えて慌ててその姿を追う。人気のない方へと曲がっていく松田さんを呼び止めて息を整えながら彼の前に立てば、松田さんはだるそうにこちらに目をやった。といってもサングラスを掛けてるせいで真相はわからないけど。

「もう、捜したわよ!これから会議だからすぐに来て」
「あ?必要ねぇよ」
「そういう問題じゃないでしょ!?情報を共有して仲間の動向を把握しておく事は集団行動をする上で何よりも重要なの!あなただってわかってるでしょ?わかったら黙ってついて来て」
「お前ホント堅てぇな。だから男出来ねぇんだよ」
「当たり前の事を言ってるだけなんだけど。それと二言目は関係ないから」

 今までずっとこんな調子でやって来たのかと思ったら本気で頭を抱えたくなった。これじゃ先輩たちがああなるのも頷ける。

「そんなに出て欲しいんならみょうじ、あんたがどうにかしてみろよ」
「面倒くさい事言わないでくれない?あなたが大人しく来たらいいだけの話よ」
「方法は何だっていいぜ?力ずくでも何でも、俺をその気にさせられればな」

 ふいに影に覆われたと思ったら彼が近距離まで来ていて、片肘を壁につき頭上で挑発的なセリフを吐いた。
 このまま彼を置いて私一人で戻りたいところだけど、それもそれで結局私が怒られる羽目になって面倒な事になるのが目に見えるから気が滅入る。

「……ほら、早くしねぇとあんたまで遅刻するぜ?」

 今よりもさらに距離を縮められて反射的に後ずさりをすれば、そのまま背中が壁について彼の腕によって道を塞がれる。

「あのさ、じゃれ合ってる暇なんてないの」

 見上げてサングラス越しにそう言えば松田さんは意外にも早々に折れて「連れねぇな」とため息まじりに一言こぼしてサングラスを外す。その時レンズに反射して自分の呆れたような何とも言えない顔が目に入り、思わず小さく息を吐いた。何だか松田さんと関わるようになってからこんな顔しかしてない気がするわ……。でも、不思議と退屈はしてなかった。かといって充実してるのかというのとはまた別の話だけど。
 「しょうがねぇから行ってやるよ」とあくびを漏らしながら先を歩く松田さんの後ろを小走りで追う。

「最初からそうしてよ。余計な手間をかけさせないで」
「俺だってわざわざこんな面倒くせぇ事しねぇよ」
「どういう意味よ?」

 眉間にシワを寄せて聞けば、松田さんは前を向いたまま平然とした顔でぽつりと呟いた。

「あんたの事、わりと気に入ってっからだよ」
「……は?」

 突拍子もないその言葉につい目を丸くしてその場に立ち止まる。それは一体どういう意味なんだろうか。いや、どういう風の吹き回しかと言った方が正しいのか?初対面でいきなり罵声を浴びせてきた男のセリフとは思えない。
 本当ならどうせただの気まぐれだろう、と気にも留めないはずなのに、なぜだかその言葉は私の胸の中でこだまして揺らめく。

「いつまで間抜け面して突っ立ってんだよ。置いてくぞ」
「え?ああ……ごめんなさい」

 そうは言ったもののさっきの言葉が頭から離れなくて、歩みを進めながらもボーッとその後ろ姿を見つめる。
 最初は本当に最悪だった。この人とは上手くやっていける気がしないと思った。でもそんな事を思いながらも何とかこうしてやれている。それは多分、心の底では彼の事を認めているからなんだと思う。口は悪いけど刑事としては優秀だし尊敬出来る部分もあるから。

(私も何だかんだ言って彼の事、わりと気に入ってるのかもしれない)

 退屈しない理由はきっとそのせいだ。面倒だと口では言ってても、きっと心の奥底では思ってなかったんだ。そんな事を思って自然と頬が緩んでいる自分に気付いた時、もしかしたら彼とはもっと仲良くなれるのかもしれない――なんて思って、少しだけ彼といる事に心地よさを感じた。
 再び後ろを振り返った彼が「何にやけてんだよ」と怪訝そうな顔で私を見るも、「何でもないわ」と言って笑顔で彼を追い越す。その足取りがいつになく軽やかだった理由は、私だけの秘密にしておこう。


2016/05/20

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