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BLACK or WHITE

 ポアロでバイトをしながら探偵として活動する安室透――世間ではこれが僕の表の顔、という事になっている。爽やかで物腰の良い青年というキャラは誰からも好かれ、また受け入れられやすく、懐にも入りやすい。
 「ゼロ」の名の通り、公安は存在しない部隊――あらゆるものに対して決して勘付かれてはいけない。もちろんポーカーフェイスは得意だ。安室透を知る人の中で誰も僕の本職も本名も本性も知る者はいない。完璧に演じていた――はずだった。

 ポアロの店員として接客に励んでいたとある日――一人の女性が店にやって来た。見た目は至って普通。特別良いというわけではないが悪いわけでもない。顔もそれなりに整っているし、スタイルも人並みにいい。強いて言うなら美人というよりは可愛いという言葉がしっくり来る、というのが第一印象だった。

「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」

 席へと案内すれば「ここに来たのは今日が初めてなんですけど、こんな格好いい店員さんが出迎えてくれるなんてすごくラッキーです」と彼女は笑みを見せる。

「ありがとうございます。……ご注文は何になさいますか?」
「じゃあ……カプチーノ、お願いします」
「かしこまりました」



 注文したカプチーノを持って行ってからかれこれ1時間――ようやく彼女は読んでいた本にしおりを挟んで鞄にしまった。伝票を手にとって立ち上がったところを見てレジへと向かう。

「ここのカプチーノ、とっても美味しくて気に入っちゃいました。お兄さんが入れられたんですか?」
「ええ、一応」
「すごく美味しかったです。お店の雰囲気も良かったし、また来ますね」
「ぜひ。お待ちしてます」


――それから数日後。宣言通り、彼女は再びポアロへとやって来た。今日もカプチーノを飲みながら読書をするのだと思っていたが、彼女の方から声を掛けてきた。恐らく前回の時に僕に好印象を抱いて話しかけてきた、といったところだろう。

「私、カプチーノが好きでつい飲んじゃうんですけど、これカロリー凄そうですよね」
「確かに少なからずカロリーはありますけど、飲み過ぎなければ大丈夫だと思いますよ」
「そうなんですけどね〜。コーヒーも他の飲み物みたいにカロリーゼロとかにならないかなぁ」

 「ま、あれも実質ゼロではないらしいですけどね」と他愛のない会話を繰り広げる。
 この何気ない会話を最初は気にも留めていなかった。もちろん疑うような要素など何一つない。だがその何気ない会話の中に明らかに僕――降谷零を知るかのようなフレーズが節々に出てきている事に気付き、彼女に警戒心を抱き始める。

"ゼロと言えば公安の俗称がそうですよね"
"私、バーボンっていうお酒飲んでみたいなーと思って気になってるんです"
"友人に『れい』って名前の子がいるんですけど、男女共にいる名前だから文字や音だけだとわからないですよね〜"
"そういえばこの前全身黒ずくめの人を見かけてちょっと不気味でした"

 これはただの偶然か?それにしても出来すぎている気がする。彼女は一体何者なんだ?まさか僕とは逆のパターンで組織のスパイなんて事……。
 今思えば組織内のメンバーを全員把握しているわけじゃないし、コードネームのない奴ら――それこそ顔も知らない末端のメンバーもたくさんいる。彼女のような、あえて特徴のない普通の人間を使う事は十分にあり得る。むしろそっちの方が目立つ事もなくかつ怪しまれずスムーズに行える。
 もし僕が公安の人間だとバレたら今までやってきた事が全て無駄になる。それだけは絶対に避けなければならない。

「安室さん?」

 頬杖をついて上目遣いで僕を見る彼女の瞳は一点の曇りもない。これでスパイだったらとてつもない演技力だ。

「……ああ、すみません」
「眉間にシワ寄せて……何か気になる事でもあるんですか?格好いい顔が台無しですよ」

 気になる事――あるとすれば他でもない目の前の彼女だけだ。だがそれを悟られないように笑みを張り付けて「いえ、何でもありません」とごまかしておく。
 とりあえずこの後彼女を尾行して周辺を探って何者かを突き止めよう。もし撒かれるような事があったらその時点でクロだ。普通の人間なら僕の尾行に気付く事はない。組織の方にはベルモットに連絡して調べてもらっておくか。ベルモットが100%信用出来るというわけでもないが彼女も僕と同じく秘密主義だ。そう簡単には口は割らないだろう。

(必ず、正体を突き止めてみせる)

 かくして、この日から僕は彼女の正体を探る調査を始める事になる――。


2016/04/13

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