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Strawberry Time

「昴さんの格好してない赤井さん見たのすごく久しぶりです」
「そうか?」

 洗面所で変装前の赤井さんに背後から鏡越しにそう投げかければ、赤井さんは特に表情を変えずに変装道具を色々いじりながら答える。
 でもこの姿が見れるのも今のこのわずかな時間だけ。昴さんに変装してしまったらなかなか赤井さんには会えない。そう思ったら今の時間がすごく貴重なのだと言う事に気付く。昴さんになる前にせめて少しの間だけでもいいから赤井さんの体温を感じたくて、そっと背中に触れてからゆっくりと腰に腕を回した。昴さんに変装しても温もりは赤井さんである事に変わりはないのだけど、やっぱりありのままの姿が一番いい。
 きゅっと少しだけ力を込めれば、その上から赤井さんの手が重ねられる。少し冷えた指先がいとおしくて、応えるように指を絡めて大きな手に触れれば「なまえ」と名前を呼ばれた後「……前から気になってたんだが、」と何か言いたそうな、らしくない言葉が赤井さんの口から発せられる。それが何となく引っ掛かり、背中にうずめていた顔を上げて背後から赤井さんを見る。

「何ですか?」
「俺を名字で呼ぶ事と、沖矢昴を名前で呼ぶ事に何か違いはあるのか?」
「違い、ですか?」
「ああ」
「うーん、特にないと思いますけど……しいて言うなら呼びやすいから、ですかね?だってほら、コナン君とか周りの人もみんなそう呼んでますし」
「……そうか」

 赤井さんから聞いてきたのに返ってきた言葉はどこか曖昧で彼らしくない。それに今日は何だか少しだけ様子が違うような気がするし、普段の赤井さんはこんな無意味なやり取りはしないはず。……まさか、とは思うけど……

「もしかして……気にしてるんですか……?」

 背後から顔を出して再度鏡越しに赤井さんと目を合わせれば「意外だ、とでも言いたそうな顔をしてるな」と言う。……本当にその通りだ。
 赤井さんは良くも悪くも淡白な人で、それ故に寂しくなる事もあった。もっと思ってる事を言ったり、色々求めたりしてもいいのに……と。けれどまさか赤井さんのような人が名前くらいで気にする人だったとは……。

「意外ですよ。だって赤井さんってそういうの全然気にしない人だと思ってたから……」
「確かに、本来ならそれほど気にしない。……多分相手が相手だからだろうな」

 よくよく考えたら自分の変装とはいえ、"沖矢昴"が先に私に名前を呼ばれるのは赤井さんの立場からしたら複雑だよね……。自分で置き換えてみるとそれがよくわかる。

「でも、本当に呼びやすいってだけで深い意味はないですよ。まあ、赤井さんの事は……今さら呼び方変えるのもなんか慣れないし恥ずかしいな、と……」

 赤井さんは私の事をちゃんと名前で呼んでくれるけど、私は付き合う前から名字で呼んでたし、名前で呼んでみようと思った事はあったけど結局タイミングがよくわからなくてそのままだった。
 でもこれを機に名前で呼べるように勇気を出して言ってみようかな……なんて思いながら赤井さんを見たら「まあ本音を言えば名前で呼んでもらえるのが一番いいんだがな」とフッと小さく微笑む。

「……秀一さん」

 正直自分でも驚いた。恥ずかしいと思ってたのに、初めて赤井さんから本音を言って求めてきてくれた事が嬉しくて気付けばするりと口にしていたから。

「……思ってたよりもあっさりと呼ぶんだな」
「私もビックリです。……でも、秀一さんの本音を聞いたら自然と呼べるような気がしたんです」

 けれど呼んでから恥ずかしさでじわじわと頬が火照ってきて、見られないようにと顔を隠すように再び後ろからぎゅっと抱き着く。

「……秀一さんはもっと欲張ってもいいんですよ?そうしてくれた方が私も嬉しいから」
「……そうか」
「うん」
「じゃあしばらくの間このままでいてもらおう」

 腕をほどかれたと思ったら、赤井さんの胸に頭を押し当てられて今度は私が抱きしめられる形になる。

「でも、早く変装しないと……」
「欲張っても、いいんだろう?」
「そう、ですけど……」
「沖矢昴じゃなく素の姿でなまえに触れたいんだ」

 いきなり赤井さんからそんな本音を告げられて断れるわけがない。口下手だからこそこういう風に言われた時の威力は凄まじいから困る。

「……じゃああと3分だけですよ」

 本当は私も同じ気持ちなのについ子供に言い聞かせるような口振りをしてしまった。決して意地悪をしてるわけじゃないんだけどね。

「ああ」

 赤井さんの腕に少しだけ力が込められたのを感じ、応えるように胸に添えていた手をそっと背中に回した。

(出来る事ならこのままずっと、こうしていたい)


2016/01/31

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