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甘いバターが溶け合って爆ぜる

今朝のニュースでお天気お姉さんが梅雨明けしたと伝えていたのを聞いて、いよいよ夏がやってきてしまったかと憂鬱な気分になる。日中のじりじりと照りつける陽射しに気が滅入るも、そんな中で楽しみなことがひとつあった。
帰宅して速攻でクーラーをつけ、冷やしている間にシャワーを浴びる――いつもはご飯を先に済ませるけれど、このルーティーンに切り替わると夏を実感する。そして何よりも――

(やっぱお風呂上がりのアイスは最高だな!)

夕飯前という禁断の時間に本能のままにアイスを食すこの背徳感、実にたまらない。
テレビをつけ、ソファーに身を沈めて火照った身体を冷ますようにアイスを頬張っていれば、玄関のドアの開く音が聞こえた。足音が近付いてきたところでリビングの扉に視線をやる。

「おかえり〜」
「ただいま。いやー、外あちぃな」

研二は額に汗を浮かべながら一目散に手を洗い、いそいそと冷蔵庫から缶ビールを取り出した。その場ですぐに喉を潤した研二は「ぷはぁ!」といかにも気持ちよさそうな声を漏らして私のそばまでやってくる。そして私を見た途端、呆れたように息を吐いてそのまま隣に腰を下ろした。

「まーたそんな格好でアイス食って。体冷やすっつったろ?」
「お風呂上がりでクールダウンしてるところなの」
「言いてぇことはわかるけどそういうことじゃねーんだよなまえちゃん。わかる?」

ぐびぐびと缶ビールを呷る研二を横目に、そういえば前にもそんなこと言われたなぁと思い返す。
あれは確か去年の今頃だったか。今日と同じようにキャミソールにショートパンツの格好でアイスを食べていたら「俺の理性試されてる?」なんて聞かれた。そんな気は全くなかったし、夏はいつもこの格好をしていたから気にも留めていなかった。あっけらかんと否定すれば、盛大なため息をついて「いいからTシャツ着て」と半ば無理やり着させられた。

「目のやり場に困る的な?研二のヘンタイ」
「俺の気も知らねーで……」

わざと胸を寄せて研二を見れば、わりと本気で不機嫌そうな表情で睨まれてさすがにまずいなと察する。悪ふざけが過ぎるとどうなるかわからない。

「ごめん。アイス食べ終わったら着るから」
「なまえちゃんに食われる覚悟があんなら別に構わねぇけどよ」
「あっ、私のアイス……!」

疎かになっていた右手のそれは研二によって奪われてしまった。最後の一口だったのに!
残った棒を恨めしく見つめながらゴミ箱へ捨てる。ちらりと研二を見れば、してやったりと言わんばかりに自身の口の端を舐めた。その様は思わず見惚れてしまうくらい色気に満ち溢れているからもうどうしようもない。これだから顔がいい男は困る。
食われるという言葉が別の意味を含んでいることだって理解はしている。そういう夜を何度か共にしてきたけれど、すべて同意の上だ。研二が言いたいのは己の本能のままに抱いていいのか、という意味だろう。とはいえ研二がそんなことを口にしたとしても、私が嫌がることは絶対にしないと知っている。しかしそんな彼に甘えすぎて、油断していたのかもしれない。
後頭部を引き寄せられたと思ったら、そのまま吸い付くようなキスが落とされた。軽いもので終わらないそれに研二の中に潜む欲を感じ取る。支配される口内の甘ったるさはアイスの味かそれとも。
溶かされた身体は力が入らず、そのままゆっくりと押し倒されるようにしてソファーに縫い付けられてしまった。この体勢でいたら湿ったままの髪でソファーが濡れてしまう、なんてことをぼんやりと考えながら研二を見つめる。

「せっかく熱逃がしてたのに余計暑くなったじゃん……」
「わざと誘うようなことしておいて文句垂れんなよ。むしろ俺はこの先も期待してるけど?」

するり、と骨ばった手がくびれを這う。それだけで湯あがりの火照った身体が別の熱に侵食されていくのをひしひしと感じる。いつも優しく、真っ直ぐに私を見てくれる研二がこういう時に見せる男の部分に私は弱い。そのことに本人は気付いているのだろうか。

「研二帰ってきたばっかで肌ベタついてるし汗くさいからやだ」
「んじゃ一緒に風呂入ろうぜ」
「私入ったばっかだし」
「つれねぇなぁ。けどなまえちゃんのそういうとこがそそられるんだよな」

優しく髪に触れ、意味ありげな笑みを浮かべながら再び甘い吐息を分け合う。やがて首筋に移った研二の唇が擽ったくて身を捩れば、研二は小さなリップ音を立てて満足そうに微笑んだ。

「ねぇ、ほんとに暑いからそろそろ離れて」
「興奮してるなまえちゃんマジでカワイイ〜」

あからさまに上がった語尾にからかわれていることを思い知らされる。けれどさっき私も同じようなことをしたばかりで文句など言えるはずもなかった。

「っ、いいからさっさとシャワー浴びてきて」

胸を全力で押し返して上体を起こす。クーラーの効いた空間にいるというのに、体内の熱はどんどんと上がっていくばかりで全身からじんわりと汗が滲む。

「続きは寝る前のお楽しみってコトで」

耳元に顔を寄せ、わざとらしくこれでもかと低く、甘い声で囁かれる。
ふわりと頭を撫でて脱衣所へ向かう研二を黙って見送るしか出来ない私にとって、もはや選択肢は存在しないも同然だった。口では何と言おうと、正直な身体を前にすればそんなものは研二を煽る要素のひとつでしかない。

「……するなんて言ってないし」

研二が出ていったところで独りごちる。
ここまでされてしまえば今夜はもう寝られない。夏の暑さだけのせいにするには、あまりにも熱を持ちすぎてしまっていた。


2022/06/27
title:まばたき

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