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Keep out!

好意を持っていた降谷さんに松田が好きなんじゃないかという一番されたくない誤解をされ、挙げ句その男に到底理解し難い台詞を吐かれてから気が付けば数ヶ月が過ぎていた。
知らない方が身のためだと思いつつもどこか身構えていた部分があったせいか、今の今まで特にこれと言った出来事がないことに拍子抜けしていた。いや、面倒なことがないに越したことはないんだけど。
相も変わらず大体の現場でペアを組まされ、その度好き勝手動く松田の尻拭いをさせられてるだけで何ら変わりない日常だった。これを日常の一部として受け入れてることは由々しき事態である。周りからコンビ扱いされる度に否定してきたけれど、最近は面倒になってきて適当にあしらってるのがいけないのか。

「ったく電話も出ないでどこにいるのよ……!」

庁内の廊下を踏み鳴らしながら、松田がいそうな場所を片っ端から捜したがどこにも見当たらない。道中出会った人たちに聞いても見てないと言われ、こめかみに青筋が浮かんだのは言うまでもない。かくれんぼしたら強そうだな〜まったくもって褒めてないけど。
とりあえずこれを見たらすぐ連絡しろとの旨のメールを送った。怒りマークの絵文字をこれでもかと添えて。
仕方ないから先にフロアに戻って早急に報告書を作成せねば。そう思ってしばらくして三係のフロアへと戻れば、皆出払っているようでもぬけの殻だった。少し前まで賑わっていたのに何か事件でもあったのか。私たちは別件でやることが残っていて呼び出しはなかったから詳細はわからないけど。
しんと静まった空間に先程までの怒りも治まった気がして、気持ちを切り替えるように深呼吸をひとつする。とはいえ松田が戻って来たら説教だな。そんなことを思いながら自分のデスクへと歩みを進めれば、曲がり角で思いっきり何かに躓いて転んだ。

「痛ったぁ……」

誰だ床に物を置いた奴は!怪我したらどうすんだ!とすぐに別の怒りが生まれるも、片隅では体への衝撃が少ないことに気付く。普段鍛えてる甲斐があったか……なんて嬉しく思っていれば、頭上から「痛てぇのはこっちだよ。早く退け」と不機嫌そうな声が聞こえてくる。未だ事態が飲み込めずのそのそと体を起こせば、寝起きらしく目つきの悪い松田が私をじろりと見上げていた。

「あんたねぇ!こんな所でなに呑気に寝てんのよ!あちこち捜し回ってたんだけど!?」
「そりゃ悪うござんしたね。運悪く入れ替わりになっちまったな」

大きく欠伸をする松田に再度青筋が浮かび上がる。まだ仕事が残ってるって言ってんのによくもまあ堂々と。
しかし落ち着いてよく見てみると、寝袋に身を包んだ松田は何だかシュールでちょっと面白い。色が白だったならまさしく繭を纏った蚕だ。

「もし寝るならちゃんと仮眠室で寝なさいよ。こんな所じゃ体痛めるでしょ。あと普通に邪魔」
「あそこまで行くの面倒くせーんだよ」
「だからって寝袋持参する?てか前までは椅子並べて寝てたじゃない」

松田が仮眠室で寝ないことは何となくわかってはいたけど、ついに寝袋を用意してくるとは。一体どんだけ面倒くさがりなんだ。

「あー、椅子もクッション性があって寝心地は悪くねぇんだけどよ、寝てるうちに動いちまってな」
「だからもう大人しく仮眠室行きなよ……」
「つーかお前いつまで俺の上に跨ってんだよ。重い」

そう言われてようやく自分の状況を理解する。やましいことなど断じて何もないけれど、見る人が見たら誤解しそうなこの状況。いや、そもそも私悪くなくない?床で寝てる方が悪くない?
松田が上半身を起こしたところでようやく私も立ち上がった。軽く埃を落として松田を見下ろす。

「むしろあんたが謝りなさいよ。私が怪我したらどうしてくれんの」
「そんだけ鍛えてりゃそう簡単には怪我しねーよ。実際してねーし」

カチンと来たがまあ事実ではある。女と言えども刑事ですからね!それなりに鍛えさせられてるしね!女だから弱いとか力がないとかそういうレッテルを貼られるのは好きじゃないし。むしろ刑事としてここは喜んでおくべきだ。
ガサガサと音を立てて松田が寝袋から体を出す。ああ、もう上着着たまま寝たら皺になるって何度も言ってるのに!

「それとも心配されたかったか?」
「別に松田にはされたくないけどきっと降谷さんならそうしてくれたかもね。まず床で寝るなんてこと自体しないだろうけど」
「……お前まだアイツに未練あんのかよ」
「ないよ。強いて言うならあんたに対する嫌味」

転んだ拍子に投げ出されたスマホを手に取り、自分のデスクに腰を下ろす。しかしPCに向かったところで、すっ転んだ後にすぐにスイッチを切り替えて仕事、なんて出来るわけもなく。椅子に背を預けてため息だか深呼吸だかわからない息を吐く。そんな私の横で丁寧に寝袋を畳んだ松田は、首を回しながら隣のデスクに座った。
普段は騒がしいこのフロアも二人だけだとやけに静かで、ブラインドカーテンから射し込む柔らかな光に何だか気持ちが和らいでいくようだった。

「ったく、可愛げのなさは相変わらずだな」
「何とでも」
「けどまあ、俺と組んでるうちは怪我させねぇからよ」

伸びてきた手がポンと柔く頭を撫でる。あの時のような乱雑な撫で方ではないそれについ目を丸くした。これは何?気の迷い?
「すげーアホ面だぞ」とからかう松田は私の返答を待つ間もなくさらに続けた。

「ちったぁ飼い慣らされる気になったか?」
「寝言は寝て言え!」
「そこは即答かよ」

なんて言ったけど。転んで顔を上げた時に見た松田の顔が存外近くにあって、あの時私は思わず息を呑んだ。その時に私の中で何かに気付いた音がしたけれど、それにはまだ気付かないふりをすると決めた。
その引っ掛かる感情を認めたら最後。きっと松田の言う通り、飼い慣らされるしか道はない。


2022/06/23

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