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なんてばかなこと考えてる

優しい人と意地悪な人なら優しい人が好き。
紳士な人と強引な人なら紳士な人が好き。
明るい人とクールな人なら明るい人が好き。
今まで好きになった人は実際皆そうであったし、これからもその好みが揺らぐことはないと思っていた。惹かれる要素というものは心の心地良さみたいな、潜在的に備わっているようなものなのだと。
なのに、どうして。

「なんでそんなに顔真っ赤になってんだよ」
「なってない!いいから離してよ」

意地悪そうに口端を上げる松田くんに、私は抵抗を口にしながら何とかこの状況から逃れようと彼の胸を押し返す。しかしそれが無意味なものであることは彼以上に私自身がはっきりと理解していた。

二時間前――……今担当している事件の詳細をもう一度洗い直すために松田くんと二人で資料室に足を踏み入れ、ひたすら資料に目を通してはピックアップしてまとめるという作業をしていた。
松田くんに苦手意識を持っていたため正直彼と二人きりというのは気まずかったが、深く考えずに無心で目の前の業務をこなしていた。
しかし資料室へと入り浸って一時間と少しが経った頃。集中力も徐々に途切れかけていたせいもあり、頭上にあるファイルを取ろうとした時、手を滑らせて隣にあったファイルまで一緒に落としかけた。当たる、と咄嗟に手でガードした瞬間、落ちるより先に隣に立っていた彼の腕が伸びてきたことによって恐れていた事態は避けられた。
彼の刑事課での勝手気ままな振る舞いにあまりいい印象を持っていないとはいえ、助けられたことは事実だ。素直にお礼を述べて何事もなく業務再開、となるはずだったのに、何を思ったのか松田くんはそのまま私の肩に腕を回して自身のほうへと引き寄せた。その勢いで私は意図せず松田くんに触れる形になってしまった。
突然のことに意味がわからず、しかし心臓が大きく跳ねたことだけはわかった。そして先程の台詞に続く。

「お前、俺のこと嫌いって言ってなかったっけ?」

そんな言葉をよそに、反射的に何とか距離を取ろうと身を捩って背を向ける。が、逃がさんとばかりにさらに引き寄せられてしまった。肩に触れていた手が首に巻きついたことによってむしろ先程よりも距離が近づいてしまい、どうしたものかと内心焦る。「どうなんだよ」と耳元でわざとらしく囁かれて、つい肩が震えた。
松田くんのことは苦手意識を持っているだけで嫌いというわけではない。それは多分本人も知っている。なのにあえて“嫌い”という言い方をするのは、きっと意地悪でしているのだ。苦手だと口にしつつも、奥底では相反する気持ちが少なからず存在する私の気持ちを見透かした上で。

「別に嫌いだとは言ってない。苦手って言っただけ」
「それも本当かどうかわかったもんじゃねぇな」
「……松田くんこそ一体どういうつもりなの」

腕の力が緩んだ隙に距離をとって振り返る。睨みを利かせているつもりだが、忙しない心臓の鼓動と顔が熱いことを自らが自覚していれば、松田くんにとって説得力の欠片もないことはすでにお見通しなんだろう。声色でそれがわかってしまう自分がなんだか悔しい。

「あれは流れっつーか勢いだな。素直じゃねぇ誰かさんをついからかってみたくなってな。おかげでいいモン見れたわ」

満足気に笑う松田さんを前に私の眉間には深い皺が刻まれていく。人の気持ちを弄ぶとは最低極まりない。大体、私のことを素直じゃないと言うが私は別に意地を張っているわけではない。苦手意識があるのは事実なのだから。
気まぐれでこういうことをするところが素直に気に食わないのだ。だから、仕返ししてやらないと気が済まないと思うのは当然のことだった。

「それは何より」

今度は私から彼に近づいてネクタイを思いきり引っ張って引き寄せる。吐息が触れ合うほどの至近距離で睨むように見つめれば、松田くんは一瞬驚いたように目を見開いた。その表情を見られただけで、してやったりと勝ち誇ったような気分になった。余裕ぶっている顔を崩すのはこんなにも気持ちがいいものだとは。
しかしそんな優越感に浸ったのはほんの一瞬だった。ネクタイを離そうと緩めた腕をぐっと掴まれ、至近距離で松田くんが口を動かした。

「おい、それで終わりか?」
「は、何言って――!?」

言い終わる前に松田くんのそれで口を塞がれる。
まさか先程の彼以上に自分が目を見開くことになるとはさすがに予想外だった。その時点で私はこの名もない勝負の負けが決定してしまっていた。

「どうせやるならこのくらいやれっつーの。詰めが甘いとホシも挙げらんねーぞ」

そう言ってフッと口元を緩めた松田くんはそのまま別の棚へと移動して行った。
結局してやられたのは私だったというのか。というかあのキスこそ一体どういうつもりなんだ。軽々しく人の唇を奪っておいて、それこそ勢いでなんて言われたらビンタのひとつでも食らわせてやらねばならない。今更キスのひとつでどうこう言う歳でもないが、相手が相手なだけに勢いだとか気の迷いだとかでは片付けたくなかった。
どうにもならない思いを何とか発散しようと、決して広くはない資料室を小走りで追いかける。手にしたファイルで松田くんの頭をぶっ叩いてやったら「痛ってぇ!」と叫んでいたが知ったことか。
人のことをからかってかき乱すくらいなら、いっそのこと私が好きだって言え!


2022/06/19
title:金星

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