ずるくうるわしいものですよ
「美人は三日で飽きる」という言葉があるが、美人をイケメンに置き換えたところで私がその言葉に共感することはないだろう。
公安部に配属されて以降、降谷さんの下で幾度となくサポートをしたりと行動を共にしてきたが、未だにまともに顔を見られない私が言うのだから間違いない。
仕事中はもちろん集中しているため、いちいち顔がいいだのなんだのを考えて業務に支障をきたすようなことはしない。内心ドキドキはしているけれど。
だからこそ休憩中や任務を終えて肩の力が抜けた瞬間に、ここぞとばかりにそれを思い知らされるのだ。
「みょうじの迅速な対応のおかげで滞りなく事件は解決だ」
「いえ、そんなこと……降谷さんのお手を煩わせるわけにはいかないのでこのくらい当然です」
テロ組織を一斉検挙し、大きな被害や犠牲者を出すことなく事件は収束を迎えた。解決したことに安堵のため息が漏れるも、まだやることは残っている。しかし長い時間緊迫した日を過ごしていたせいで半分気が抜けかけていた。
「今後も僕の右腕としてよろしく頼む。だがあまり無理はするなよ」
突如頭上に降りかかった重み。それを理解するのにいくらか時間がかかった。だってあまりにも急で自然だったものだから、ついその場で立ちすくんでしまった。
「……えっ?」
一体何が起きたのか。処理できない状況に上手く働かない思考がフル回転する。ややあってそれが降谷さんの手のひらだと理解した頃には、車に乗り込もうとする彼の背中を慌てて追いかけるしかなかった。
「それはこっちの台詞です!」
「君に心配されるようじゃ僕もまだまだだな」
無茶ばかりして怪我を負っている上司を心配するなという方が無理な話だ。
確かに三つの顔を使い分けるような器用な人が部下に心配されているようではかなわないと思うのかもしれない。私なんかでは到底抱えきれない思いや計り知れない過去を背負っているのかもしれない。それでも彼を上司として尊敬し、一人の男性として好意を抱いている私の思いもほんの少しでいいから汲み取って欲しいのだ。
短く息を吐いて助手席に乗り込めば、降谷さんは「そんなことより」と何食わぬ顔で話題を変える。エンジンのかかっていない車内はひどく静かで、二人きりという状況に妙な緊張感が私を包んだ。
「目を合わせようとするとすぐに逸らす癖、何とかならないのか」
「それは……!降谷さんの顔が良いのがいけないんです」
「いい加減慣れろ。それともなにか他に理由でも?例えば……僕に特別な情を抱いてる、とかね」
「なっ……!?」
予想だにしない方向からとんでもない爆弾発言が飛び出してきて、どうしていいのかわからずあからさまに狼狽してしまう。さすが眉目秀麗で優秀な人は洞察力も自信も人一倍だ。などと感心している場合ではない。
せっかくテロを未然に防げたというのに思わぬところで爆弾を投げ込まれるなんて誰が想像できただろうか。みるみる紅潮していく頬は、まさに導火線に火が点いたそれそのものだ。
「な、は、え、そそそそんなわけ、」
「動揺しすぎ」
ハンドルに重心を預けて「へぇ……」と不敵な笑みを浮かべる降谷さんに、私の心はついに大きく弾け飛んだ。気持ちがバレてしまった上にその顔は反則じゃないか。
私が降谷さんを好きになったのはもちろん顔なんかじゃない。と言いつつその顔にやられたばかりなのだが、容姿が整っていていいに越したことがないのは否定できない。
国のために死力を尽くすところ、鋭い眼差しの奥に宿る強い信念と正義感。私だけでなく部下をちゃんと見て評価してくれるところ。不意に見せる優しさと微笑み。
魅力で溢れた人だからこそ、ただ単に容姿が良くて好きになったわけではなく揺るぎない恋慕の情があるからこそ、彼に対する想いは一言では言い表せない。あらゆる感情で成り立っているが故にこうしていつまで経っても目を合わせることに慣れないのだ。見つめれば見つめるほど、私の中に宿る彼への想いが引き出されて止まらなくなってしまうから。
「まあ君が何と言おうと慣れてもらわないと困るが」
「もちろん業務に支障はきたしません」
「そういうことじゃない」
「えっ、ま、待って降谷さんストップ!」
こちらに体を寄せてくる降谷さんを必死で制止させようと腕を突き出す。思いきり体を後ろに反らして距離を取ろうとしているのに、降谷さんは構わず近付いてくる。顔を背けて肩を押し返そうとするもびくともしない。こんな時に体格と体幹をここぞとばかりに思い知らされて心をときめかせてしまうなんて、まさに惚れた弱みというやつか。
混ざり合う感情の中、降谷さんの手が不意に頬に添えられ、無理やり視線を合わせるようにして彼の方へと向かされる。耳に触れた指先に体がびくりと震えた。
「逸らすな」
眼前に透き通ったブルーの瞳が飛び込んでくる。思わず声にならない悲鳴を上げそうになったが、声を出してしまえば吐息が触れてしまいそうな距離にぐっと堪えた。
「これからこうして僕を誰よりも間近で見ることになるんだからな」
したり顔で笑みを浮かべる降谷さんだったが、その言葉の意味を問う余裕も考える思考も、唇を塞がれてしまった今となっては何の意味も成さなかった。
2022/05/03
title:金星
theme:好きすぎて恥ずかしくてまともに顔も見られないのに、「慣れろ」と言われて顔に手を添えられ降谷の方を向かされる
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