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この指の先までぼくのもの

飲食店で仕事をしていると衛生面やお店のイメージなどでヘアカラーやネイルは禁止されていることが多い。かくいうポアロも例に漏れず(安室さんの地毛は別として)、ここで働き始めてからネイルとはさらに縁が遠くなっていた。
休みの日や特別な日にたまにおしゃれして塗ったりするけど、如何せん面倒くさがりでせっかちな私は乾くまで待つことができない。おまけにそれ以前の問題で不器用だからムラなく均等に塗ることすら難しい。
マニキュア以外にもジェルタイプやチップ、シールなど色々なタイプがあるようで、先日ポアロに遊びに来た蘭ちゃんと園子ちゃんが雑誌を見ながら楽しそうに話していた。
そんな話を思い出して私も買ってみようかなーなんて思いながらベッドに横たわってスマホで検索をしていれば「何か調べ物ですか?」と安室さんがカップを二つ手にしながら問いかけてきた。

「久しぶりにネイルでもしようかなあと思って」
「先日蘭さんと園子さんがポアロでそんな話をしてましたね」

今日はお互い久々のオフ。安室さんと一緒の時間が過ごせるのは滅多にないからどこかへ出掛けようと提案したけれど、安室さんは家でゆっくり過ごしたいと言った。窓から流れ込む風が気持ち良くて何だかもったいない気がしなくもないが、おうちデートも悪くないのでこうして私の家で何をするわけでもなくのんびりとした時間を過ごしていた。

「そ。話聞いてたらやりたくなっちゃって」

安室さんを見やってスマホに視線を戻す。あ、この色可愛いかも。
カップをテーブルに置いた安室さんがベッドに腰を下ろし「何か良さそうなデザインありましたか?」と覗き込んできた。「これ可愛くない?」と画面を見せれば、直後安室さんの口から予想だにしない一言が発せられた。

「シンプルでいいですね。せっかくですし僕がやりましょうか?」
「えっ?」

突然の提案に思わず上体を勢いよく起こして問いかける。

「やってくれるの?」
「こう見えて細かい作業、結構得意なので」

確かにポアロで見ている限りそれはわかってはいたけど。まさかそんな提案をされるとは思わなくて驚きつつも、しかし笑みを見せる安室さんに私の心はすでに子供のようにわくわくしていた。迷うことなく「お願いします!」とベッドの上で正座して答えれば「じゃあ早速やりましょうか」と安室さんは徐に立ち上がり、化粧品やらが置いてある棚からマニキュアを手にしてベッドへと戻って来た。

「この色、ぴったりじゃないですか?」
「確かに!可愛いけどなかなか使えてなかったんだよね」
「あとは奥で眠っていた大量のこれも使うチャンスかと」

テーブルの上に広げられたモノを見て思わず苦笑いを浮かべる。以前、たまには凝ったセルフネイルでもしようと意気込んで買ったものの結局面倒くささが勝り、日の目を見ることなく放置されていたスパンコールやらラメやらの袋だった。まさかこんなところで知られるとは思ってなかったから地味に恥ずかしい。

「い、今こそ安室さんの腕の見せ所だよ!」
「そう言われると俄然やる気が出ますね」

はぐらかすように言った私の言葉を見透かしたように安室さんは得意げに笑みを見せた。なんだろう、なんかものすごく負けた気分だ。

「マニキュアを塗る前にまず甘皮処理ですね」
「あ、それならちょうど昨日やったから大丈夫」

手を広げて得意げに見せる。
仕事でネイルができない分、素爪ケアは普段からちゃんとするようにしている。というより安室さんを意識し始めてからするようになった。今までどれだけズボラだったかが窺い知れるというものである。

「さすがです。では塗っていきましょうか」
「へっ?え、ちょ、ちょっと安室さん?」

塗ってもらうために正座からベッドの縁へと足を下ろせば、なぜか急に安室さんが足を開いて背後に回り込んだ。背中から腕から、上半身丸ごと安室さんの体温がダイレクトに伝わってきて、いわゆるバックハグで密着している状態だ。
てっきり向かい合ってやるもんだと思っていた私はいきなりのそれに驚かずにはいられなかった。こうして触れ合うことが今更じゃないにしてもやっぱりドキドキはするもので。

「ん?なんです?」

なんて言いながらも安室さんはすでに私の手を取り塗り始めていた。褐色の手に包まれているせいか、自身の手が何だかとても白く、小さく見えて妙に照れてしまう。
下手に身動きができないので視線を手元に向けたまま問いかける。

「な、なんで後ろから?塗りづらくないです?」
「そんなことないですよ。それにこうした方がなまえさんを全身で感じられますしね」
「っ、」
「普段からケアしているだけあって綺麗だ」

ただでさえ距離が近いというのに、その上謀ったかのように耳元に口を寄せて囁いてくるのだから私はもうネイルどころではなかった。鼓膜を揺らす感覚に思わず身動ぎをすれば「ほら、動かない」と体重をかけられ、一層強くホールドされてしまった。ここで抜け出そうものならせっかく塗ってくれたネイルがよれてしまう。悔しいけれど反論はできない。

「……安室さん絶対楽しんでるでしょ」
「そうですね。なまえさんの反応があまりにもわかりやすくてつい」

そんなこんなで話をしているうちにいつの間にか両手を塗り終え、部屋にはマニキュア特有の匂いが広がっていた。
話しながらやってたのにムラなく塗れてるなんて本当に安室さんは器用で、それ以上に私がどれだけ不器用かということをまざまざと思い知らされた気がした。

「これで少し乾かしましょう」

安室さんがマニキュアをテーブルに置いた隙に呼吸を整える。
これから二度塗りとトップコートで最低二回はまたこの状況に耐えなければならない。その度耳元で囁かれたり密着されては敵わないけれど、でも、心の奥底ではそれも悪くないと思っている自分がいる。

「乾くまでの時間、なまえさんのこと堪能させてください」

だから乾かしている間に再びホールドされようと、わざと耳ばかり攻められようと、首筋に顔を埋められようと、手が使えない今の状況では私はされるがままにそれらを受け入れるしかないのだ。


2022/04/26
title:金星
安室さんで後ろからマニキュアを塗ってもらう

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