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あなたには遠くの春でいてほしい

春は出会いと別れの季節だなんてよく言うけれど、それなら再会だってあるんじゃないかってずっと思っていた。巡り巡ってきっとどこかでまた出会える――たとえ同じ道でなくても目指している思いや信念はきっと変わらないと思うから。

彼と初めて出会ったのは中学生の時だった。その頃から容姿諸々含めて何かと常に話題になっている中心人物だった。人前に出るのが苦手なわけではないようだったけど、目立つことに関して少し不快に思っている節があった。私は最初こそそんな彼に苦手意識を持っていたけど、ある日たまたま話をした時に同じもの――警察官を目指していることを知ってそこから親近感が湧き、少しずつ話すようになりそして意識するようになった。
それから高校、大学、警察学校と時を過ごし、交番勤務を経て私は念願の警視庁への異動が決まった。松田くん、萩原くん、伊達くん、諸伏くんとは庁内で再会出来たけど降谷くんだけはいつまで経っても出会うことはなかった。でもあの頃から警察官になる意思は固かったから絶対に警察官にはなっているはず。言えない理由があるのだとしたらその理由は恐らく公安だからだろう。首席で卒業したくらいだし警察庁の方に行っていても不思議はない。10年以上前に交換した連絡先がまだ残っているけど、それももしかしたらもう繋がらないかもしれない。繋がったとしても卒業以来会ってないし、話をしてもぎこちなくなりそうだった。

勤務を終え、気分転換に少し遠回りをして帰ろうと普段は通らない河川敷の方へと歩みを進める。河川敷を挟んだ木々が並ぶこの場所はこの季節になると毎年桜が咲き乱れるスポットとして昔から有名だった。ちょうど見頃を迎えた時期で、この時間にはライトアップもされていた。
降谷くんと出会った頃からこの季節になると毎年見に来ていた。お互い目指すものになれるように全力を尽くそうと励ましあって――いや、圧倒的に私の方が励まされていたかな。そんな昔を懐古しながら川沿いをなぞり歩く。それにここに来ればきっといつか会える、そんな気がしていた。
木々の揺れる音とひらひらと舞う桜の花びらが、視界を埋めながら川の水面を桃色に染めていく。そんな中で突如吹き荒れた風の強さに目を閉じ、しばらくして再び目を開ければ河川敷の橋の上に見覚えのある――見間違えるはずもない、ずっとずっと会いたかった人がそこにいた。すぐに声を掛けようとしたけど、隣にスーツを着た人がいたので出かかった言葉を飲み込んだ。不用意に名前は呼べない。でも引き止めないとどこかへ行ってしまう。乱れた髪を整えることすら忘れて、私は慌てて彼の元へ走っていった。

「待って!待って下さい!」

去ろうとしていたところを引き止める。振り返った降谷くんは私を視認したあと、真剣な表情を崩さないまま隣のスーツの男性に何か声を掛けていた。男性が去っていったところで降谷くんの方から距離を詰めてくる。
思いがけないタイミングで再会してしまったせいで引き止めたはいいものの何を話せばいいかわからない。毎年ここに来ていること自体が会えるかもという淡い期待を抱いてやっていたことなのだけど、話す内容までは考えていなかった。「元気そうで良かった」「今何してるの」「あの頃から変わらないね」思い出が駆け抜けていくように蘇ってくる。でもどれも言葉にならなくて。ただ再び会えた嬉しさで胸がいっぱいで降谷くんを見ていれば、彼が一言「髪が乱れてるぞ」と指摘する。

「慌てて追ってきたから……」

久しぶりの再会で情けない姿を見られて恥ずかしさで俯きながら大雑把に軽く整えれば、今度は「花びらが付いてる」と言われて髪を払う。ああ、もうなんだかな。思い描いてた再会とはほど遠くて色々上手くいかない。でもそんな私を見て降谷くんが初めて和らいだ表情を見せたから、それだけでまあいいかと思わされてしまうから少しだけ複雑だ。

「と、取れた?」
「ああ」
「……その、今大丈夫だった?もしかしなくても仕事中、だったよね……」
「気にするな。少しくらいなら平気だ」

そう言って橋の柵に休めるように腕を置く。どうやら少しくらいは話せる時間があるようだ。
相変わらず風は止まない。それほど強くはないにしろ、この季節にこの時間だ。スーツだけでは少し肌寒い。でも全身に纏った微かな熱がある今はちょうどいいくらいだった。

「日中は過ごしやすいとはいえ、夜はやっぱり少し肌寒いね」
「そうだな。今夜は特に気温が下がると言ってたし」

他人行儀のような当たり障りのない会話に妙な緊張感が支配する。違う。本当に話したいことはこんなことじゃないのに。
この季節になるとどうしてか降谷くんに会いたいと思っていた。それはきっと思い出の季節で、好きだと気付いたのもいつかの春だったからだ。警察官になる前に自分の気持ちにケリをつけようと、想いを伝えようとしたけど、先を見据えている降谷くんの真剣な眼差しを見たらとても言えなかった。
それから5年近く、毎年ここへ来て会えた時には想いを伝えようと決心して――そしてようやく会えたというのに――同期のことやあの時と変わらない、一層強くなったその眼差しを見てもう私が入れる余地などないと気付いてしまった。その想いが過去のものではなく、今も私の心に残っているから。だからいま言葉に出来ることは「会えて良かった」その一言だけだ。

「降谷くん……またこうして会うことが出来て良かった。それだけ言いたくて……わざわざ引き止めちゃってごめんね」

風が沁みるのか、涙が出そうになるのを抑えて背を向けて去ろうとする。これ以上隣にいたら何も話せなくなるし、きっと降谷くんは何かを察して問いただしてくるだろう。肝心の言葉は言えない。でもそれでいい。
未だ止まないやんわりとした風に乗って桜が夜の空に舞う。この調子だとあと一週間もしないうちに葉桜になり、春の終わりとともにあっという間に初夏が訪れる。その時にいつも思うのだ。

「僕もみょうじに会えて良かったよ」

私は今もずっとあなたに恋をしているのだと。


2021/05/16
title:金星

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