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すぐに答えを知りたがるのは君の悪い癖だ

バーボンがロックグラスに注がれていくさまをぼんやりと眺める。ボトルに濃い飴色を纏ったそれは、敷きつめられた氷の隙間を通って薄く色を変えていく。まるで真相が明らかになっていくみたいに。
最初は偶然だと思った。単に考えすぎなのだと思った。ウイスキーを飲む人なんてどこにでもいるし、それこそお酒を飲む人はもっといる。きっと彼のことが忘れられなくて、同じものを見る度に昴さんに重ね合わせて過去の記憶に縋りついているだけなのだと。でもそれは違っていたのだと今日確信した。

「なまえさんもお飲みになりますか?」
「いえ、私は大丈夫です」

グラスを手に昴さんは窓辺に移動する。つられて私も昴さんについて行けば、隣の阿笠邸から漏れる明かりと夜更けの空がコントラストを強調していた。だから今日は月がよく見える。隣にいる昴さんの顔もよく見える。カラン、と氷の揺れる音が静かな部屋に響いた。
彼はロックで飲む時はいつも指で軽く混ぜる癖があった。それを今、目の前にいる昴さんも同じことをした。これは偶然なんかじゃない。昴さんから滲み出る仕草が、雰囲気が、その一挙手一投足が彼そのものなのだ。
出会った時から何か惹かれるものがあった。赤井さんとは顔もタイプも何もかもが違う。けれど纏う雰囲気が同じであることをどことなく感じていた。だから昴さんのことを好きになったのは多分純粋な感情だけではない。もしかしたら赤井さんかもしれないという期待と疑念。付き合いを始めたのはそれを確信に変えるためだった。
何も言わず私の前から急にいなくなったのはきっと何か理由があるはず。単純に愛想を尽かされていたらさすがにどうにも出来ないけれど、赤井さんはそんなことをする人じゃない。
でも最近わからなくなっている。昴さんに赤井さんを重ね合わせているはずなのに、沖矢昴という男性そのものに惹かれている自分も少なからずいる。だから問いただそうにも出来ずにいた。赤井さんであって欲しい気持ちと、完全な別人であって欲しいという気持ちが私の心をやんわりと、しかし確実に悩ませていった。
触れようとした手を引く。付き合っているとはいえ、第三者の家で会話以上のことをすることは些か気が引けた。出来ない理由はそれだけではないのだけど。

「お前はいつもそういう顔をする」
「え?」

それなのに目の前の彼は私の気持ちを知ってか知らずか、そんなことを言ってきた。いつもの柔和な笑みも丁寧な言葉遣いもない、真剣かつ見知ったような口振りで。残るのは心地の良い声色だけだ。その瞬間、確信した。赤井さんはいる。紛れもなく目の前に。

「いや……そんな顔をさせているのはこの俺か」
「じゃあやっぱりあか――!?」

言いかけた言葉は瞬時に飲み込まれてしまった。まるでその先は言うなとでも言うように、その唇で。
顎を持ち上げられ強制的に上を向かされ、突然のことで目を見開いたままの私の前に映るのは昴さんだ。しかし唇が離れたと同時に薄く開かれた瞳に、懐かしさと恋しさで一気に胸がいっぱいになった。グリーンのそれと特徴的な隈。少しだけ強引なところ。そんな人、私はあの人しか知らない。

「悪いがその先は今はまだ……だ」

呆然と、ただただ見つめることしか出来ない私に昴さん――赤井さんはそう言って親指で唇をそっとなぞった。唇の感触だけが確かなままずっと残っている。
ああ、やっぱりこの人はどこまでも不器用な人だ。隙がなく完璧なのにこうして私との関わりを完全には断ち切らない。沖矢昴として恋人になったのにも彼なりの理由があるんだろう。隣の阿笠邸によく顔を出しているみたいだし、コナンくんとしょっちゅう何かコソコソやってるみたいだし。
都合よく自惚れる要素は考えればいくらでもある。そばにいた方が安全だというなら納得も出来る。それでもまるで死んだみたいに急にいなくなるのは如何なものかと思わなくもないのだけど。

「……今日は月がよく見えますね」

窓を開けて手をかざせば、宵風が頬を掠めていく。思考をすっきりとさせるような心地の良い風で色々と考えすぎていた私にはちょうど良かった。

「月は見えないだけでいつもそこにある。消えることはない。決してな」

その横顔には薄く笑みが浮かんでいた。相変わらず口下手な人なんだから。でも、それだけでもう充分だった。困ったな。自然と上がる口角を抑えられそうにないくらいにその言葉は私の胸を貫いた。どうやら私は思った以上に大切にされているらしい。


2021/04/17
title:ジャベリン

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