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恋の怪物になりたい

好き、だなんて口にしたら呆れられてしまうかしら。でもね、それほどまでにあなたが好きで好きでたまらないの。

都内の某ホテルのパーティー会場――わたしとバーボンは多くの著名人が参加するパーティーに潜り込んでいた。
ドレスで着飾ったわたしを「綺麗ですよ」バーボンは息を吐くように褒める。
背中が大きく開いた鮮やかな薔薇色。ベルモットに施してもらった華やかなヘアーにメイク。唇を艶めかせる赤のリップは気持ちを高めてくれるおまじないのようなものだ。
潜り込むためとはいえ、本当は高いヒールも派手な衣装も華やかなメイクも好みじゃない。タキシードを華麗に着こなすあなたの隣にふさわしい女になろうと必死に着こなしているだけ。そうでなくでもきっとわたしの思うカワイイじゃあなたは飽きてしまうだろうけど。

「ありがとう。バーボンもとっても素敵よ」
「ありがとうございます。それにしても珍しいですね、あなたがこのような任務に自ら志願するなんて」
「ちょっとした気分転換よ」

こういった任務は主にベルモットとバーボンのペアが多い。二人が並ぶ姿は誰が見ても様になっている。ベルモットは表向きは女優(今は休業中だが)ということもあって顔が広いし、何より纏う色気や艶めかしい雰囲気は場に馴染む。そんな女性に代わってなぜわたしなのかといえば、まあ単純に言ってしまえば気のいいデート気分を味わいたかっただけだ。こんなことがジンたちに知られでもしたら軽蔑されそうだが、要はヘマさえしなければいい話。結果さえ伴っていれば何も言えまい。
自ら志願しておいてわたしが行ったら浮くのではないかと一抹の不安はあったが、ベルモットの腕と隣にいる彼によってそれなりに違和感なく馴染めているはずだ、と思いたい。

「慣れないでしょうけど僕に任せておけば何も心配はいりませんよ」

「行きましょうか」バーボンは微笑んで手を差し出す。まだ数分だというのにヒールに慣れないわたしを気遣ったのか、それとも演じたうえでの優しさなのか。どちらにせよ、バーボンの優しさは好きだけどきらいだ。バーボンのことが好きな自分も、たまらなくきらいだ。
わたしに気がないことなど百も承知だが、あえて知らないふりをしてとぼけてみせる。バーボンじゃなきゃ嫌な自分など消してしまいたい。虚しい気持ちだけならいっそなくなってしまえ。――けれど、でもね。

手を取り、会場の奥へ行こうと足を踏み出せば、慣れない10cmのピンヒールに足をぐらつかせ体がバーボンの肩にぶつかる。

「大丈夫ですか?」

取ってつけたようなそんな台詞でも、たとえ心がこもってなくても。耳を震わすその声がもっと聞きたくなるの。矛盾した思いを説明する術をわたしは知らない。知らなくていい。わかってほしいとも思わない。露出した肩に触れる手のぬくもりだけで今は充分だから。

「ごめんなさい。慣れない格好なんてするもんじゃないわね」
「そんなコードネームも新鮮でいいと思いますよ。それにどうやら着痩せするタイプのようですし」
「ヘンタイ」
「こんな場所で派手に転ばれても困りますし、僕の腕に掴まって下さい。下手に目立たないためにも反論はなしで」
「〜〜っ!」

胸元に視線をやっておきながら淡々と辛辣な言葉を浴びせてくる。紳士なのかデリカシーがないのか。どっちなんだ。わからない。振り回されてる――それも悪くないかもしれないな。結局のところバーボンを好きなことに変わりはないから。
お世辞にも豊満とはいえない膨らみをわざとらしく押し付けるようにして腕を組む。無反応でつれないそんなところもバーボンのひとつの魅力だ。

それからはバーボンのエスコートもといフォローのおかげでターゲットへの任務も無事完遂した。任務と言っても今回は情報収集程度で、さして重要でもなかったのだけど。
任務を終え、髪を解く。とはいえ慣れないことはするもんじゃないなとむくんだ足を見ながらため息が出た。今すぐにでも脱ぎ捨てたい気持ちを我慢してバーボンと駐車場へと向かう。なだれ込むようにして助手席へと座り込めば、不意にミネラルウォーターが差し出される。肩にはついさっきまで着ていたバーボンのタキシードが掛けられていた。スマートすぎて悔しい気持ちでいっぱいだ。

「お酒、あまり得意じゃないのに無理して飲んでたでしょう?」
「別に無理はしてないわ。華やかな空間にちょっと気分が良くなっただけ」
「まあ、任務に支障が出なかっただけ良しとしましょう」

こちらに視線を向けることなくバーボンはさっさとシートベルトを締めて地上へと向かって車を走らせる。
心のこもっていない褒め言葉も。心配する声も。肌に触れるぬくもりも。ふとした時に見せる優しさも。些細な変化に気づいてくれるのも。きっと全部偽善にすぎない。
わたしを見てくれなくてもいい。でもあなたがいないわたしはどうしたって考えられないの。だからこれからもその唇で偽りの言葉を囁いて、わずかな期待をさせて、わたしをもっともっとトリコにして?


2020/06/12
title:moss

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