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Not so bad

意中の彼に勘違いをされるという事件から三週間が過ぎた。その間、何があったかというと――単刀直入に言おう。振られました!

一ヶ月に一回会うか会わないかという滅多に会えない中で、運良くも一週間で二回も会えたのはきっと何かの縁だ。いや、運命に違いない。恋の神様が背中を押してくれているんだ。そう思って私は二日目に思い切って降谷さんを食事に誘った。
降谷さんはどこか不思議そうな顔をしながらも快く受け入れてくれて、仕事――不本意ではあるが共通の人物――松田の話で盛り上がった。
そして勢いで想いを打ち明けた。しかし返ってきた返事は「ごめん」でも「ありがとう」でもなく「みょうじさんの好きな人って松田じゃないの?」何たる衝撃の一言。リアルに膝から崩れ落ちそうになった。
仲がいいどころか私が松田を好きだと思っていた、だと……!?食事に誘ったのもどうやら恋の相談だと思っていたらしい。つまり最初からこの恋が叶う可能性はすでに消えていた、と。必死に否定しても降谷さんは「あいつも案外悪くないかもよ」と笑うだけで、それ以上は何も言えなかった。
まさか背中を押していたのは神様ではなく降谷さんだったなんて……一体何の冗談なんですか。実は降谷さんも悪魔だったりするんですか。

――というのが昨日の話。
こっぴどく振られたとも言えず、かと言って望みがあるわけでもない。ひたすらにモヤモヤする私の脳内に、あろうことか松田が割り込んでくる始末。朝からため息しか出ない。

「その様子じゃ振られたんだな」

屋上のベンチで項垂れていれば、遠くから憎たらしい声が近づいてくる。無言で睨みを利かせれば「ひっでぇ顔」と鼻で笑われた。誰のせいだ。

「うっさい」
「お前が初恋の女医を超えるなんて到底無理な話だったってこった」
「は?」
「にしても降谷の奴も顔に似合わずロマンチスト野郎――」
「いやちょっと待て。何それ初恋ってなに、女医ってなに、初耳なんですけど。まさかあんた降谷さんに忘れられないひとがいるの知ってたんじゃないでしょうね!?」
「昔そんなような話を聞いただけで詳しくは知らねぇよ。大体野郎の惚れた腫れたになんざ興味ねぇし」

興味なくても私の気持ち知ってたなら教えてくれても良くない?いや、聞かされたところで結果は変わらなかっただろうけど。
その言葉はわざとなのかそうじゃないのか。煙草に火をつけ呑気に紫煙を燻らす横顔がただただ憎い。

「眼中にねぇとばかり思ってたがまさか二人で飯行くとはな。あのままストーカーし続けるかと思ったぜ。やればできんじゃん」
「いちいちムカつくな。……途中までは楽しかったんだけどなぁ」

でも不思議なことに、振られたというのにそこまでダメージを負っていなかった。好きじゃなかったわけではない。人並みに落ち込んだりもした。ただその“好き”は憧れに近い感情だったのだと思う。振られても尊敬の念は変わらなかった。

「松田の話で盛り上がったのは不本意だったけど」
「あ?」
「あんた昔から分解魔だったのね。降谷さんから色々聞いた」
「お前……男と二人で飯行って同僚の話で盛り上がるってそれ100パー脈ナシじゃねーか。友達止まりのテンプレかよ」

明らかにバカにされてるそれに朝から声を張って言い返す気力はない。だから不本意だって言ってんじゃん、と心の奥でぼやく。私だって本当は降谷さん自身のこともっと知りたかったし、私のことも知って欲しかったよ!しかし降谷さんが勘違いをしていたせいで、話しやすいようにと居酒屋を選んでくれ、お酒を嗜みながら話したのがいけなかった。そりゃ勘違いもされるか。今思えばお酒を飲んでいたのは私だけだった気がするな。

「元はといえばあんたが原因よ。降谷さんも懐かしそうに話すし、そんな降谷さんを見てたらまあいいかって思わされちゃうし」
「理不尽極まりないな」

そんなことはわかってる。でも松田のせいにでもしなきゃ私が納得できない。何というかもう何でもいいから憂さ晴らししたい気分だ。朝方の爽やかな空気とともにこの形容しがたい気持ちも一緒に流してくれたらいいのに。

「松田のバカヤロ〜〜」
「ハイハイ。今日だけはなまえチャンの理不尽にも付き合ってやんよ」

頭に重みがかかったと思えば雑に撫でられる。一応慰めてるつもりなのか。別にそこまで落ち込んでもないんだけれど。眉根を寄せて松田を見上げれば眼下の景色を眺めながら煙を吐いていた。
手櫛で髪を整える。一瞬の沈黙の合間に新鮮な風がふわりと吹き抜けた。

「……俺にしとけば?」
「ありえない」
「即答かよ」

この状況で何を言うかと思えば。笑えない冗談に身震いがする。降谷さんといい松田といい一体何を考えているんだか。もしかして周りから見たら私が松田に気があるように思われてたりする……?考えただけで背筋が凍る。

「当たり前でしょ。私、別に松田のこと好きじゃないし。むしろコンビ扱いされてることに不服を感じているくらいだし」
「ひでぇ言い様。ちょっとしたジョークだろ。ホント可愛くねー奴」
「悪質な、の間違いでしょ。……先に戻る。あんたも遅れないようにしなさいよ」

重い腰を上げてドアに向かおうとすれば、松田は大きく息を吐いて煙草を押し潰す。

「じゃじゃ馬飼いならすのも悪くねぇかもな〜」

独り言のように呟いた松田の言葉に、私はひとしきり顔をしかめる。
きっとその意味は知らない方が自身のためだ、頭の片隅で本能がそう囁いている気がした。


2020/06/05

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