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Perfume Rabbit

会いたくて会いたくて震える、なんて某歌詞の比喩表現だと思っていた。恋人が恋しすぎて震えるとか依存もいいとこだ。普通に考えてそんな女やばいだろう。そんな女には絶対なりたくないし私はならない、そう思っていた。確証なんてものはない。根拠のない自信というやつだ。
しかしスマホを握る私の手は微かに震えていた。ただし恋しすぎて震えているのではない。わなわなと、とでも言えばあとはお分かり頂けるだろう。数時間前に送られてきた無機質なドタキャンメールを眺めれば、もはやため息とは言い難い声がもれる。

「はあーーー!!」

スマホを投げ捨ててベッドへと身体を投げる。安室さんが予定をキャンセルすることなんて今に始まったことではない。過去にこのやり取りが何度あったことか。私の記憶が正しければあと一回で両手の数を超える。

「わかってたけど!わかってたけどさ……!少しは彼女の気持ちも考えろっての」

安室さんの顔を思い浮かべてはもどかしい思いをぶつけるかのように枕をバシバシと叩く。
安室さんとは一応付き合ってはいるが、しかし彼のすべてを知っているわけではない。以前夜中に目が覚めた時、何か話し声が聞こえると思えば人が変わったように真剣な表情と口調で誰かと通話をしていた場面を何度か目撃した。怪しい、といえば怪しいのだが浮気などといった類ではないことは何となくわかっていた。だから変に探ることもなければ直接問いただすこともしなかった。
しかしそれは単なる強がりなのだ。本当は寂しい。めちゃくちゃに寂しい。けれど彼に面倒くさい女だと思われたくないし、心配をかけたくない。だからドタキャンされても平静を装って、本音を隠すように可愛くない言葉を並べ立てる。別れを切り出されるのも時間の問題かもしれない。その時、私は素直に別れたくないと言えるだろうか。

「……やめやめ!」

余計なことなど考えるだけで気が滅入る。頭を振ってベッドから起き上がる。サイドテーブルの引き出しを開けて香水を取り出せば、モヤモヤした気持ちも不思議と和らいでいく気がした。
安室さんの口から香水をつけているなどといった話は聞いたことがないが、つけていることは薄々感じていた。別に直接本人に聞けばいいのだろうけど、何だか恥ずかしくて結局聞けずじまい。だから必死になって男性ものの香水を手当り次第調べて、どうにかして安室さんが使っているブランドまでたどり着いた。これで違ってたら最高にアホすぎるけどたぶんきっとメイビー間違っていない。付き合ってるのにストーカーじみた行為に何やってるんだ自分?と思わなくもないけど単純に安室さんへの想いを拗らせてるだけです。
こんな私だからきっと気づいていないだろうけど、実は安室さんのことめちゃくちゃ好きだからね!口ではお揃いとかありえない!とか言っておきながら実はちょっと憧れてたりするタイプだからね!なんてことを考えているだけで、さっきまでの苛立ちが嘘のように消えているから彼氏の存在ってすごい。いやまあ原因もその彼氏なんだけど。なんだかんだ言って安室さんにべた惚れじゃん私。
枕、シーツ、腕――あらゆる場所に吹きかけて再び枕に頬を寄せる。――いい匂いだ。爽やかだけれどどこかスパイシーさも感じる絶妙な香り。二面性のあるそれはどこか安室さんにピッタリな気がした。

「あーもうバカ!好きだー!好き!好き!安室さん大好き!会いたい会いたい会いたい!」

手足をじたばたさせて溜まりに溜まった感情を吐き出す。心なしか口にしただけで気分が軽くなった。本人にも飾らずに言えたらいいのにね〜なんて他人事のように思いながら仰向けになれば、幻覚か?安室さんが目を見開いてこちらを見ていた。は?え?幻?飛び上がって一度目を閉じてまた開く。いる。間違いなくいる。驚いた表情もかっこいいな。言ってる場合じゃない。

「なまえさん……?」
「は!?え、な、なんでいるの!?ていうかチャイムくらい鳴らしてくれません!?」
「なんでと言われましても……合鍵くれたのなまえさんじゃないですか」
「ああ、そうでしたっけ……ってそうじゃなくて!」
「それより今の独り言……」
「独り言!?はあ!?そんなこと言ってませんけど!?空耳じゃないですかぁ!?」
「僕の名前、呼んでた気がするんですけどねぇ。気のせいでしたか?」

微笑みながら近づいてくる安室さんに反射的に後ずさりをしてしまう。だって今まで本人にすら見せてないほどどストレートな告白聞かれたんだよ?引かれてるに違いない。誰だお前とか思われてるに違いない。しかしこの狭い部屋に逃げ場所などあるなずもなく。ベッドに足をぶつけてそのまま尻餅をついた。

「約束、すっぽかしてすみませんでした。思ったよりも早めに済んだので寄ってみたんですが……」
「べ、別に気にしてません。いつものことですし」

柄にもない叫びを聞かれた羞恥で顔を俯かせながら答えれば、しゃがんだ安室さんが顔を覗き込んでくる。絶対顔真っ赤になってるから見ないでほしい。顔を背けても安室さんの視線は私を追ってくる。やめて。本当に恥ずかしい。

「その“いつも”の度に寂しい思いをさせてしまってたんですよね」
「そんなこと、ないです」

依然としてツンケンした言動ばかりしていれば、急に腕を取られ「これ、男性ものの香水でしょう?」なんて私の気持ちを見透かしたように口元に弧を描いた。

「僕の愛用品でもあるんですよ」
「へ、へぇ〜!それは偶然ですねー!」
「……可愛いひとですね。なまえさんのそういうところ、好きです」

優しい手つきで髪を梳く。会えないって言ったくせにこうして会いに来てくれる。悪気もなく心を鷲掴みにする言葉をさらりと言ってのける。たったそれだけで今までのことがどうでも良くなってしまうのだから悔しいったらない。

「10回もドタキャンしておいてどの口が言う。……騙されないんだから」

とか何とか言って私からは別れは切り出さない。取られた腕を振りほどかない。つまりはそういうことだ。
腕の中に閉じ込められ、漂う香りがひとつになる。その温もりと本物の匂いは私を最大限までリラックスさせる。

「でも……今夜はよく眠れそうな気がする」
「朝までずっとそばにいますから、ゆっくり休んで下さい」
「絶対、離しませんから」

掴んでいる手に指を絡める。これでもかというくらいに力強く。久しぶりにこうして触れ合えたのだ。そう簡単に離してやるもんか。


2020/05/30

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