ss
聖護は最期に何を思っていただろう?
麦の穂をゆらす風が空に吹き抜け、波紋のように広がってゆく。私は夕日に向かって両手を広げ、目を閉じて深く深呼吸をする。

――私と過ごした時は聖護にとって多少の退屈しのぎにはなっただろうか。
――ぼくにとってきみは何者にも変え難いただひとつの存在だった。

「ありがとう。私にとってもあなたは唯一無二の存在だった」

聖護の幻覚が脳内に語りかけてくる。今でも色褪せない、透き通った心地の良い声に懐かしさがこみ上げてくる。
それからゆっくりと目を開ければ、夕日を背にした聖護が立っていた。

――思っていたより元気そうで安心したよ。
「心配、してくれてたんだ。嬉しいな」
――きみは繊細な人間だからね。
「でもね、今とても晴れやかな気分なの。どうしてかな。悲しいはずなのに」
――それはきみの心が癒えてきた証拠だろう。そのうちぼくの姿も見なくなる日が来る。
「それは寂しいな」
――きみにとっては喜ばしい事だと思うんだけどね。しかし、もしいずれまた会う日があるのなら――

弱風が頬を掠める。まるで聖護の手に包まれているような柔らかさだった。

――その時は両手を広げて待っているよ。


槙島さんの命日ということで雰囲気だけで書いた即席ss。
2018/02/12 (Mon) 13:12
- ナノ -