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近くの木の幹から鳴き声がする。耳障りなそれに僕は顔をしかめた。
ここ最近は秋の気候になり真夏に比べたら格段に過ごしやすくはなったが、この不快な音のせいで暑さがぶり返すような気さえしていた。毎年嫌というほど聞いているその音を聞く度にいつかのトラウマが蘇ってくる。
小さい頃、幼なじみのなまえに「いいものあげるから手出して」と言われて疑うこともなく素直に手のひらを出した。そしてぽとりと落ちたモノを見た瞬間に、僕は声にならない悲鳴とともに勢いよく手を振り払った。
あのあと手に触れた蝉の抜け殻がどこへ落ちたのかなんて覚えていない。それくらい気が動転していたから。なのにそんな僕を見たなまえのあの純粋でいて悪魔のような笑みは今でも脳裏に鮮明に焼き付いている。こうして夏が来る度に思い出すことになるなんて、まったくとんだ記憶を植え付けてくれたなと今でも少し恨む。

「ん?どうかした?」
「別に。ちょっと思い出したくないこと思い出しただけ」
「私の顔見て言うってひどくない?」
「覚えてないとかいい度胸してるよね」
「いや待って、嘘、ちょっとは心当たりあるかも……あはは」

過去の行いを思い出したのかなまえはばつが悪そうに頬を掻く。そんな彼女に今更とやかく言う気はない。というよりじんわり暑くなってきてもう何かを言う気もなかった。
息をひとつ吐いて歩き出せば、背後から「あれは若気の至りってやつだから!今はもうそんなことしないから!」となまえは弁明していた。

「当たり前だろ。二度もやったら今度こそ口聞かないから」
「あーそういえばあの後しばらく口聞いてくれなかったよねぇ。夏兄がいなかったらほんとに一生口聞いてくれないんじゃないかってくらいむくれてたもんね」
「……全然反省の色が見えないんだけど」
「でもあの後卵焼き作って謝ったら許してくれたよね。拗ねながらも素直に食べてたあの時の郁弥可愛かったなぁ」
「別に。お腹空いてただけだから」
「はいはいわかってますよ〜」

なんて言いながらも僕の裏腹な気持ちを見透かしているかのようにニコニコと笑っている。
冗談がすぎる悪戯をされても、泣かされるようなことがあっても、僕がなまえのことを嫌いになることはない。幼なじみの絆とこの淡い恋心が僕の中にある限りは。

2021/09/20 (Mon) 19:33
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