春うらら。日差しがまだ気持ちよく感じるお昼寝がしやすい素敵な季節。春眠暁を覚えずなんてとても素晴らしい喩えだと思う。意味あんまり覚えてないけど。まああの、春は眠くて仕方がないよねって意味だろ。多分。
新入生は新しい生活にドキドキ。二年生は新しい後輩にドキドキ。でもって三年生は、受験という大きな壁が急激に近付いて、さらには最高学年と言うことで色々な役割が回ってきてそれはもう、萎え萎え。
二年の秋頃にこの四天宝寺中に転校してきた俺も流石に半年ともなればこの環境に馴れたもので、今日も今日とてテニス部の部室で午後の授業を自主欠席中だ。あえて弁解するなら、春だから仕方ない。



「……」



三年になってクラス替えがあった。それで二年では同じクラスだった白石とは離れたし、クラスにテニス部も少ないときた。正直転校してきた頃に近い教室環境にまだ馴染めなくてサボってるのもある。そう言えば俺と同じく他県からの転校生がいた。確か九州の…どこかだったはず。まあそれはどうでも良い。
そいつがテニス部に入るとか入らないとかクラスの奴等に言ってたのを小耳に挟んだもんだから、何となく白石にそれをメールしておいた。それから午後は部室警備に回るとも。
そろそろ来るかなーとぼんやり窓の外の桜の木を眺めていたら、ガチャッと部室のドアノブが回る音がした。
おー来たかーと伏せていた上半身を上げる。すると思った通り部室に入ってきたのは白石、とそれに何故か銀さんもいた。あれ?と小首を傾げた俺の頭に銀さんのチョップが決まる。やべえ首もげる。



「ってぇえ…!」

「新学期早々サボるとは良い度胸やな」

「そう言う銀さんこそ!なんだよ!」

「俺と銀と佐上。となれば話は簡単やろ?」



そう言い笑う白石はポケットから小さな管を取り出した。それから試験管のようなそれの口を閉じている蓋を親指で軽く押し上げる。すると管は緑色に発光してから何かを吐き出した。いや、吐き出したと言うより何かが管から飛び出してきたという方が正しいか。その何かは小さな体を翻すと一直線に白石の方へと飛んでいった。
小学生低学年くらいの大きさの体に鳥のような翼。言葉で表すと中々異質な感じがするが実際に見れば大体の奴は可愛いと言うだろう外見の少女。それに抱き付かれながら白石は困ったように笑った。



「管から出すといっつもこれやんなあ、モー・ショボー」

「クラノスケ最近遊んでくれないんだもん!」

「あーせやな、堪忍堪忍」

「…で、何お前。お前と幼女の絡みを見ろと?嫌味か?あ?」

「佐上…自分が可愛い仲魔居らんからって嫉妬すんなや…」

「うるせー!」



確かに俺の仲魔は獣とか龍とか文句の多いヤンキーしかいねえけど別に白石が羨ましい訳じゃない。断じてそんなことはありえないし別に幼女なんていらねえ。そう、なぜなら俺はロリコンではないから。豊満な尻に惹かれるから。いや、そんなことは今はどうでもいい。
デビルサマナー同士こっそりと部室に集まって真っ昼間から仲魔を召喚して、白石は何がしたいんだろう。春だからあいつの頭も可笑しくなってたりするのか。
そう思っていると銀さんがじっと俺を無言で見下ろしてきた。何かを見透かそうとしているようなその視線が何か、恐ろしい。だからにへらっとだらしなく笑えば、銀さんも無言で管を取り出した。うわあ嫌な予感がする。



「ネビロス、読心術や」

「承知」

「ちょ!なんっ!」



管から現れた不気味な人形のような男、ネビロスは銀さんの言葉に軽く頷くと俺の額の辺りを指差し読心術を使ってきた。今更隠そうと思ってももう遅い。部室に俺の本心が響き渡った。



〈つか転校生の話するためにここに来たんじゃねえのかよ…〉

「あ、ほんまや」

「白石てめえ…!」

「いやー色々考えとって本来の目的忘れとったわ!」



あははは!と後頭部を掻きつつ笑う白石の顔に拳を叩き込んでやろうとしたらモー・ショボーに投げ飛ばされた。人に対して魔法攻撃使うとかこいつどういう精神してやがんだ。
くっそ、と悪態を付きつつロッカーにぶつけた側頭部をさすりながら何とか元いた椅子まで戻ればその隣に白石が座ってきた。そして俺の丁度向かいに銀さんも座る。なんだこの面接みたいな配置。そう思いつつ俺も改めて座り直す。
すると銀さんがネビロスを後ろに従えたまま神妙な面持ちで口を開いた。



「実は、ワシがまた外回りに行くことになったんや」

「えー…次は何しに行くんだよ…」

「アリスを探しに行く。…まあ、ワシの仲魔の悲願やしな」

「じゃあここの警護はまた俺と白石が?白石使えねえんだよな…」

「な!俺だって頑張っとるやないか!」



使えないとは何や!と憤慨する白石に左肩を殴られつつ右肘をついてため息を吐けば、銀さんは軽く笑ったあと空の管を三本渡してきた。それを不思議に思いつつ受け取る。で、どうしろって?
そう訊こうとした瞬間、白石の携帯がけたたましく鳴り出した。いきなりの爆音に肩を揺らすくらい驚きつつ、まだ鼓動が早い心臓を押さえて隣を見れば白石本人も慌てながら着信ボタンを押していた。
ピッと言う電子音のあとに聞こえてきたのは我らが顧問の先生のお声。



「お、オサムちゃん?何やねん急に…」

「おー何や白石もサボりか。揃いも揃って悪い子やな自分ら」

「いや…そう言うオサムちゃんかて授業時間に生徒の携帯に電話かけんなや…」

「それもそうやな!あっはっは!…で、本題なんやけど」



笑い声から一変真面目な声音になったオサムちゃんにちょっと薄ら寒いものを感じつつ話の続きを待つ。
心なしか銀さんが薄ら笑いを浮かべているように見えるが、まあそんな変なことではない、だろう、と思いたい。



「テニス部の新入部員の中から新しいサマナー探すで」

「………ん?」

「は?」

「つまりそう言うことや、あとは宜しゅう」



銀さんが付け足すように言ったその言葉の意味が一瞬分からなかった。数秒考えて、手元の空の管三本を見てから気付く。
めんどくせえ!と俺が叫ぶのと俺リストラなん?!と言う白石の悲鳴に近い声が重なって部室内に響いた。





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