「失礼、橘恭太郎は居るか」

「あ、な、時雨様…!」

「え!時雨様…?!」

「久しいな恭太郎。それに咲。二人共元気そうで何よりだ」




久しぶりに潜った橘家の門の奥では、縁側に座った恭太郎とその横で茶を煎れている咲が二人揃って驚いた顔をして待っていた。
不貞の輩に額を斬られ生死をさ迷っていたと少し前に人伝に聞き、何とか暇を見つけて会いに来てみたが、思っていたよりも元気そうではないか。
相変わらずの兄妹で似たような反応に一人笑っていたら、二人が腰掛けていた縁側の奥の障子がすっと開き、栄さんが現れた。




「久方振りです、栄さん」

「時雨様…お久しゅうございます」

「恭太郎が斬られたと聞き見舞いに来たのですが、幾分か遅かったご様子」

「それはともかく時雨様、何時も申しておりますが玄関から参って下さいませ」

「これは失礼」




門から庭先に回る癖がついてしまいまして、と返したら栄さんは少し呆れたような顔をし、それから軽く会釈をし奥の部屋へと戻ってしまった。
先代当主、つまりは夫を亡くしてからは中々笑顔を見せてくれない御方だが、ここで俺を追い返さない辺り優しい方だといつも思う。
真面目で子想いの良き母である事を知ってしまった以上、どんなに冷たく返されても憎めない人となった。




「あ、あの…どうしてこんなに日を空けてしまわれたのですか?今までならば週に一度は来られていらっしゃったのに…」

「ああ、お上と色々あったのと、あとは虎狼狸の件があったのでな」

「虎狼狸の件に時雨様も?」

「勝が動いたからな、俺も賛同しつい昨日まで走り回っていた」

「あの…ッそれならば時雨様も南方先生にお会いしましたか?」

「南方先生?」




誰だそれは。咲が期待を込めた目で俺を見て口にした名に、どうも覚えはなかった。何分実際に町に繰り出して見て回った訳ではなく、ひたすらお上と論争をしていた為真の現状は知らない。
俺が眉を潜めたのを見て、恭太郎が医者の方です、と補足を入れてきた。医者。緒方が何やら言っていた気はするが。
顎に手を添え記憶を探るため目を瞑って集中していると、耳慣れた足音が聞こえてきた。この音は、浅黄だ。
すうと目を開けば、丁度浅黄が門を潜る瞬間だった。




「居た居た時雨!探したよ!」

「どうした?何かあったか?」

「いや、別に何もないけど急に消えちゃったから。あ、咲ちゃん恭太郎さん、お久し振り」

「お久し振りです、浅黄様!」

「お元気そうで何よりです」

「あ、あのっ浅黄様!」

「ん?」

「ちょっと、ご相談があるんですけど、良いですか…?」

「良いよ!」




女子同士で盛り上がり、部屋の奥へと消えていった二人を見てから、俺は恭太郎と顔を見合わせて苦笑した。男は男同士、女は女同士がやはり一番気が楽だろう。
咲の事は浅黄に任せ、俺は恭太郎と話でもしよう。そう思い縁側に座らせてもらう。
しかし良い天気だ。つい最近まであんなに荒れていた心が一気に晴れ渡るような空にほうと息が漏れる。




「……最近咲は、南方先生の助手を名乗り、よく行動を共にしているのです」

「その南方と言う者は、医者だったな。咲は医者に?」

「分かりません…ただ」

「……」

「その、何と言うか…兄としては若い娘がその様に四六時中男と共に居るというのは…如何なものかと」

「…恭太郎も立派な兄だな」




そう褒めれば、恭太郎は薄らと顔を赤くさせそんなことはないとすぐに否定を返してきた。
謙遜するその姿勢は相変わらずだが、端からこの兄妹の成長を見てきた俺からすればここまでお互いを大事にしている兄妹もそう居ないと思う。




「…そう言いますが、時雨様はどうなのですか?浅黄様が、男と共に…その、仲睦まじくいたとしたら」

「…俺は特に気にはしないが…それに浅黄がその男と居て幸せなら、構わない」

「そ、そう言うものなのでしょうか…」

「さあ、どうだろうな」




兄とはまた、複雑な立ち位置であるな。そう恭太郎に告げれば、とても複雑そうな表情を浮かべたまま無言の頷きが返ってきた。

男同士でこの様な会話をしている間に、奥の部屋では浅黄と咲がまさに色恋の話に花を咲かせていたと言うことを、俺は帰り道に浅黄から聞き知った。
お互い素直になればいいのにね、と笑う浅黄に、俺はつられて笑ってしまった。






おとリクエストありがとうございました!
浅黄ちゃん友情出演ありがとうございました!
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