// 101



「テレビ画面に"NO DATA"って?」
「うん」

講義室の幅の狭い机に顎を乗せて、ひとつ前の列に座るxxxとだらしなく会話する。はるか向こうに黒板があって、この最後列からは教授の小さな字は判読不可能に近い。

NO DATAの黒画面はエースや他のパソコンのテスト段階で見た事がある。OSインストール前の状態か、もしくはOSがクラッシュしてたりして判別不可能な場合だ。あいつは動いてたから後者、特別な何かがあるって事だ。

あいつ、JOKERのウイルスが入ったメモカ折ってったな。
恐らくあれを使えば、他の起動してないDDシリーズが動かせると読んでたんだけどあってそうだ。それを知ってての行動だ。でもこの世で1台しか起動出来ない何かのために、そう動くように行動を組み込まれているのかもしれない。ならあんなアナログな方法じゃなくてもっと遠隔でメモリーカードとやり取りするような指令出したほうが効率が良い。んで起動したミンゴの中身は黒画面なのに動いてる。覚えれば出来るって自分で言ったって事は学習ソフトは入ってるってことだ。既存ソフトウェアが何か入るかもしれない。うわ、片っ端から試してぇ。

あ〜気になる。

「xxxミンゴ連れて大学来いよなー」
「…みんご?」

自然と呼んでしまった渾名にxxxが変な顔して振り向いた。


//


「ただいまぁー」
「おー」

奥の部屋からドフラミンゴさんがソファで仰向けにダラけながら、こっちに向けて手首をひらひらと振った。

「おかえり」

バイトが遅番の日は23時過ぎにアパートに着く。帰ったら電気が付いてて、おかえりがあるだけで、嬉しい。夜なので気を使って後ろ手にドアを閉める。うっかり手を離すとアパート全体を揺らすことになる。

「へへぇー」
「何変な顔してんだ」
「や、誰かいるっていいなって」

実は行く時にいってらっしゃいとおかえりを言って欲しいと頼んであったのだけど。ちゃんと言ってくれた。

「そういうもんかァ?」
「そういうもんです!」

半額で買い込んだ冷凍食品を冷凍庫に放り込んで、上着を脱ぎながらドフラミンゴさんのお腹の上に大型の本が開いているのを見とめた。聞くまでもなく頁いっぱいの遠洋の青い海の色で何を見てるかわかる。タイセイヨウセミクジラが見開きを泳いでる。クローゼットの棚上に他の本と一緒に仕舞っていた海洋大図鑑だ。

「あれ、上から取ったんですか?重かったんじゃないですか」
「2.74kgだ、そうでもない」

長い指が1枚頁を捲って硬い表紙を閉じた。既にカーディガンとパーカーの掛かったハンガーに更に上着を追加で掛ける。よく見るとソファの周りに見たらしい画集や図鑑で平積みの群が出来ていた。暇だったのかな。ルフィが言ってたみたいに大学一緒に行けば暇しないかな。うーんでも電車賃が2倍になるんだよなぁ。それも厭わずにパソコンと一緒に通学してる人はもちろんいる。彼らは誰よりも長くパソコンと一緒の時間を過ごしている。

「まさか重さが、飛び出てくるとは」

本一冊の重さなんて考えたことがなかった。頭の隅で往復の電車賃を計算しながらぼんやりとそう答えると、ドフラミンゴさんが本のビル群の天辺に青黒い海洋図鑑を片手で置いて、ソファのアームから組んだ脚を上げて下ろした。

「身体検査できるぜ」

ソファから笑いながら立ち上がって、やっとハンガーから手を離した俺に一歩近づく。この部屋の中ではドフラミンゴさんの身長だとどこからでも数歩でリモコンが取れるだろう。なんたって規格が違う。

「わ!嘘、持たないで持たないで」

両脇の下に手を入れられて軽々持ち上げられる。驚いて力む甲斐なく爪先が床から離れて、天井に頭が付きそうだ。咄嗟にドフラミンゴさんの腕を掴む。抱き上げられていると言うよりも貨物的に持ち上げられている感じだ。支点が、脇がくすぐったい。

「ふ、あはは、くすぐったいです」
「結構体締まってんなァxxx」

もしかして体脂肪とかBGMだかBPMだかがわかるヤツ、かと思いきやこの時のドフラミンゴさんの発言はただ単に触診と身長体重の計算結果だったらしい。
持ち上げたまま動かない指に警戒する。なんか、俺がくすぐったいって言ったのを敢えて聞こえなかったフリしてるみたいな、人間に在りがちなそういう悪戯心を含んでいる気がした。人間なら腕が痙攣しているだろう中途半端な腕の位置で男1人持ち上げて停止している彼は、間違いなくパソコンなのだけど。おかえりって言ってって頼めば言ってくれる。大学に一緒に行こうって頼めばパソコンの彼は来てくれるんだろう。

「まえに、合気道やってたからですかね」
「ふゥん」

興味の薄そうな返答と同時に口角が押し上がる。パソコンて持ち主の言うこと聞くんじゃないの!?

「ウっ!こら脇は、脇は、っだめですあははは本当に、だめっごめんなさいおろしてぇ小3の時まででした、しょう、ひゃっゆるして死ぬ、死ぬう」
「フフフッ弱ェなxxx」

担がれて呼吸困難になる程虐められた。ソファに笑い泣き疲れてぐったりと沈むと、喉の奥で笑いながら冷蔵庫から飲みかけのミネラルウォーターのボトルを取って来てくれた。優しい。とでも言うと思いましたか。
でもくすぐり返しても全然効かない!おのれパソコン!




/ 101 /


↓OS DD (version 23.0x3ff.2)

↓dfmf



- ナノ -